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―― 希望(16)
頭を凭れさせている車の窓の振動と風雨の音に、夢とうつつの狭間を意識は波のように揺れる。
今日の母さんの、とても綺麗な笑顔を瞼の裏に映しながら、ふっと引き入れられるように深い眠りに落ちそうになったその時、突然、ゆらゆらと心地よく揺れていた感覚が、大きく横に振られた。
(――なにっ?)
考える間もなく、ブレーキの音と共にすごい重力がかかり、上半身が前のシートの背に押し付けられた。
経験した事のない頭の痛みと、きゅうっと一瞬で腹と頸を強く締め付ける苦しさに襲われる。
何が起こったのか理解できなくて、目の前は真っ暗で、痛くて苦しくて。
(――息ができない!)
自分の喉から引き攣るような音が鳴る。
その苦しさから逃れたい一心で、僕は瞼を閉じて暗闇に呑み込まれていく。
――きっとこれは、夢だと思ってた……。
――憶えているのは……。
ずっと鳴り止まないクラクション。
すごく近くに聞こえる、雷鳴。
身体が重い。
瞼も重い。
寒くて、寒くて仕方ない。
痛い、痛い、苦しくて息ができない。
自分の身体とは思えないくらいに重い腕を動かして、頸を締め付けているものに必死に指を伸ばした。
それがシートベルトだということは理解できたけど、その表面には何かヌルヌルした液体がついている。
頸とベルトの間に、なんとか指を差し入れてできた僅かな隙間に、漸く息を吐くことができて……。
身体はぐっしょりと濡れている。
視線を前に向けると、粉々のフロントガラスから、横殴りの雨が吹き込んでいた。
稲光が暗い車内を照らして、一瞬だけ見えたのは…………雨で肌に張り付いた薄手のカットソーから覗く、白くて細い手。
その手首をぐるりと巻いている赤い痣の上を、真っ赤な血が滴り落ちていた。
どこからか、幾つもの光がやってきて、「大丈夫か?」って聞いてくる。
誰かに抱きかかえられて、身体を締め付けるものが外されて、少し楽になった。
だから必死に声を出そうとしたのに……。
――母さんを助けて――
上手く言えたかどうかは、分からない。
僕は男の子だから、ちゃんと母さんを守らないといけないのに。
母さんが泣いているって知っていたのに、助けてあげることが出来なかった。
ずっと助けたかったのに。
どうしたら良いのか分からなかったんだ。
――――――
――これは夢?
窓を閉める音がして、 雨の音が遠くなる。
目を開けると、いつもの部屋の天井が滲んで見えて、涙が目尻からこぼれ落ちた。
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