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 ―― 希望(19)

   ――タキさん、まだ帰ってなかったんだ。今、何時頃なんだろう。  外は豪雨のせいで暗い。  また稲光が部屋に射し込んで、思わず硬く目を瞑り動けない身体を強張らせている僕を、父さんが宥めるように抱きしめてくれていた。  射し込んだ光とほぼ同時に、雷鳴が響く。  そして深く口付ける。  それは言葉にしなくても、大丈夫だ、傍にいるから……と言ってくれているように思えた。  腹底に響くような雷の音も、父さんの腕の中なら、あの記憶を閉じ込めることが出来る気がした。  まだ部屋に響いている雷鳴に混じって、階段を誰かが荒々しく上がってくる音が聞こえる。  ――タキさんにしては、変だ。  父さんも異変に気付いて、僕の身体から離れてしまう。  それが寂しくて、僕は手首を戒められていることを忘れて、起き上がろうともがいた。  ジャラジャラとまたあの耳障りな音と、ガチャガチャと鍵のかけてある部屋のドアを、廊下側から無理矢理に開けようとする音が混じり合う。  続いてドアを強くノックする音が響いて、 「鈴宮くん、いるんだろう? ここを開けてくれないか。話がしたいんだ」  と、男の声がする。その声は、あの鬱陶しい担任の声に違いなかった。 「困ります、勝手に入られては」  後からタキさんの声が追いかけてきた。  父さんは顔色ひとつ変えずに、少しだけ乱れていた服を整えて、僕をベッドに残したまま部屋のドアの前まで足を進める。  ベッドに腕を固定されて動けない僕は、身体を捩って壁側を向いた。  後ろでカチャリと鍵の開く音がして、 「何の用ですか」  と、ドアの閉まる音と共に父さんの冷静な声が、部屋の外へ遠ざかる。 「何のって、もちろん退学の件です」 「私は貴方に退学の意思と理由を話し、退学届けは今日提出して、貴方は受け取りましたよね」 「確かに受け取りました。だけど一方的に渡されたんですけどね。ちゃんと本人の顔を見て、話がしたいのです」  よくは聞き取れなかったけれど、そういう内容の会話をしている。  もう退学届けは提出したのに。僕も電話で先生に学校を辞めたい意思は伝えていて、それで父さんが許可をしているのに。  どうせ担任としては、自分の受け持つクラスから退学者が出ては困るからだ。  最初から、藤野先生はそう言っていた。だから僕が真面目に学校生活を送るように、色々と鬱陶しく関わってきていたんだ。  でも、もうどんなに説得されても、僕は学校に戻る気なんてないのに。 「とにかく! 本人に会わせてもらいます!」と、先生の声が聞こえて、部屋のドアが開けられた。  廊下の灯りが壁まで伸びて、先生の息を呑む微かな音が、ベッドにいる僕の耳にまで聞こえてきた。

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