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 ―― 希望(20)

「……これは……、どういう……」  そこで言葉は途切れた。  さすがにこんな姿を見たら、先生だって僕を学校に引き止めたいなんて思わないんじゃないかな。  背中を向けていた身体をゆっくりと返すと、部屋の入り口で立ち竦み、驚いて絶句している先生の顔が見えた。 「鈴宮……!」  僕と視線が合って、漸く我に返った様子で慌ててベッドに駆け寄ってきて、戒められている僕の手首を掴むと、闇雲にその枷を外そうとする。 「……なんで、こんな……」  レザーのハンドカフスには、小さな南京錠が付いている。力任せに外せるわけがない。  その事に漸く気付いたのか、先生は立ち上がって、父さんに向かって叫ぶように声をあげた。 「鈴宮さん、貴方は何を考えているんですか。今すぐこれを外してください」 「先生には関係のないことだ。学校を辞めた伊織と私のことに、貴方が口出しする権利はない」 「……何を言ってるんですか、これは虐待じゃないですか……」 「――先生!」  僕は先生にそれ以上言わせたくなくて、続く言葉を遮るように叫んだ。  その声に振り向いた先生に、僕は笑ってみせる。 「先生、何言ってんの。これは僕が望んだことなんだ。ね? 分かるでしょう?」  タオルケット隠されているのは、腰の辺りだけ。肌に残る情事の痕にやっと気付いた先生の目が大きく見開かれた。 「父さんの言う通り、先生には関係のないことだってこと。だからもう帰ってよ」  お願いだから、もう邪魔をしないで。僕は今が一番幸せなんだから。  それなのに、この先生は自分勝手な正義感を僕達に押し付けようとする。 「本気でそんな事を言ってるのか? 学校にも行かず、毎日こんな生活をこれからずっとしていくつもりなのか? 見て見ぬふりなんて俺には出来ないね。これは虐待だよ。俺には通告する義務がある」 「――や、やめてください! そんなこと!」  僕が反論しようと口を開く前に、先にそう叫んだのは、タキさんだった。  タキさんが口を挟んでくることは珍しい。  特に父さんと僕のことに関しては、きっと前から薄々は気付いているだろうに、何も言ってくることはなかった。  そのタキさんが、酷く慌てたように、部屋に入ってきて先生に頭を下げている。 「お願いです。通告なんてやめてください。虐待じゃないってことは、私が一番よく知っていますから」  その後も縋るように懇願するタキさんに、先生は驚いている様子で、それ以上何も言えなくなったみたいだけど。  それよりも僕の方が、タキさんの態度に驚いたし、どこか違和感のようなものを感じていた。

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