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―― 希望(21)
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遮光カーテンの隙間から射し込む明るい光が眩しくて、僕はまた目を閉じる。
昨日の雨が嘘のように、すっきりと晴れ上がった空の青が、光の向こうに見え隠れしてる。
今が何時なのか、机の上の時計を見る気力もない。
昨夜、何度も父さんに愛された身体は、鉛のように重くて、寝返りを打つのさえ億劫に感じる。
朝方になって手枷が外されて、父さんは疲れた僕の身体を抱き上げて、浴室に連れていってくれた。
後ろから抱え込むように腕を伸ばし、石鹸を泡立てた父さんの手が優しく肌を滑る。そうされるのがとても気持ち良くて、僕は体重を父さんに預けて、腕の中で微睡んでいた。
小さい時も、こんな風に一緒にお風呂に入ったな……。
それはとても微かな記憶。
昨日あれから、タキさんに押し切られてやむを得ずという感じで、先生は帰っていった。帰り際に、『また日を改めて、話をしに来るから』と、ひとこと残していったけど。
もう会いたくない。学校のことは、もう忘れたいんだ。
でもこれからは、毎日父さんが家に居てくれるから、きっと先生が僕と話をするような機会は訪れないだろう。
先生が帰ってから、父さんの表情がすごく優しくなったんだ。きっと僕が、はっきりと学校を辞めると言ったからだと思う。
だからこれからは、もう何も心配することはない。
もう、気が狂いそうに、愛に飢えて、誰かを求めるようなことはない。
父さんが傍にいてくれるのなら、もう誰かを利用するような、浅ましい真似をしなくて済むんだ。
たとえ、父さんが僕自身を愛してくれているのじゃなくても、
僕が父さんを愛している。愛する人が傍にいてくれる。ただそれだけで、きっと渇きは満たされるから。
誰かが階段を上ってくる足音が聞こえてくる。
それは父さんの足音だと、すぐに分かる。
どんなに身体が怠くても、部屋のドアが開く前に、僕はベッドの縁に腰掛ける。
「伊織、起きているか?」
「……うん、起きてるよ」
父さんが一緒にいてくれる時間を、眠って過ごすなんて勿体無いから。
「食事の用意が出来ている。下に降りてきなさい」
「はい」
相変わらず僕の舌は、味をあまり感じないけれど、こうして父さんと一緒に食事ができることが幸せだと思う。
この時の僕は、このままずっと、父さんと一緒に暮らせると思っていたんだ。
「……伊織、私は書斎で午後から仕事をするが……」
「うん、分かってる。邪魔しないから。僕、まだ少し眠いから部屋で休んでる」
父さんは、「そうか」とだけ言って、湯呑みを手にしながら新聞に視線を落とす。
ただそれだけの、父さんのいつもの動作が好きだった。
湯呑みを持つ、細くて長い指が好き。形の良い爪が好き。
家に居る時は無造作に降ろされている前髪を、神経質そうに後ろへ掻き上げる仕草が好き。その時に腕に浮き出る筋が好き。
北側の窓から入る心地よい風が、南側の窓へと抜けていく。
時間が静かに流れてる。
ふと僕は、あの中学一年の夏休みを思い出していた。
あの時もこんな感じだった。
こうして二人で静かに過ごす時に感じる、ゆっくりと流れる時間が好きだった。
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