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 ―― 希望(22)

 目が醒めると、もう外が暗い。  エアコンを点けたままだったせいか、喉がすごく渇いている。  上体を起こして、床に足を付けて立ち上がり、一度伸びをする。  少し寝過ぎてしまったのと、エアコンの冷気のせいで、節々が軋む。 (……父さん、まだ仕事終わらないのかな)  とりあえず下に降りてみようと、ドアノブに手を掛けたその時、背後から聞こえてきた、ドン、ドンという大きな音に、吃驚して身体が震えた。  一瞬、雷だと思った……。だけど窓に近付いて、恐る恐るカーテンを開けてみれば、雨も降ってないし、夜空には星が出ている。  その時また、ドン! と、大きな音が響き、一拍置いて、今度は連続でお腹に響くような大きな音が鳴り響いた。 「――っ」  よく晴れた夜空に、幾つもの光の玉が弾け飛び、ひとつの大輪を咲かせ、そして消える。また続けてもうひとつと、花火は煌めいては消えていく。  ああ……今日は夏祭りなんだ。もう花火の打ち上げられる時間なんだ。  花火が打ち上げられるグラウンドは、あの桜並木の遊歩道を歩いて行けるくらいの距離だから、此処からでも、まるですぐ側で打ち上げられているような錯覚がするくらい、近く大きく見える。  あの夏から、僕は、花火大会には行ってない。  家の中に居て、音が聞こえてきても、外を見ることはなかった。  ――『じゃあ、花火大会、ここから一緒に見ような』  叶うことのなかった慎矢との約束。  花火には良い思い出なんて何もない。  ――友達、初めてのキス……。神社での出来事や、名前も憶えていない男の顔も。  思い出したくない記憶ばかりが蘇ってきて、その美しい夜空から僕は目を逸らし、カーテンをきっちりと閉めた。  慎矢となら、もっと違って見えたかもしれない……なんて、そんな甘い考えが過って僕は首を横に振る。  慎矢と観たって何も変わらない。過去は変えられない。  窓を閉めているのに、花火の音は僕を追い立てるように聞こえてくる。  あの花火の音が嫌いなんだ。  あの音を聞くと、心臓がドクドクと早鐘を打ち始めて、苦しくなってくる。  何か焦燥感に似たものを感じて、辛いんだ。  毎年この日は、僕は独り布団に潜り込み、音が鳴り止むまで耳を塞いで凌いできた。  ――父さん……。  そうだ、今夜は父さんがいる。だから何も心配することなんてないんだ。父さんが僕を抱きしめてくれれば、この不安定な気持ちは落ち着くんだから。  花火の音を聞かないように、僕は耳を塞ぎ、部屋を出て階段をゆっくりと降りていく。  一階は、食卓の上のペンダントライトだけが点いていて、ラップのかかった僕の分の食事と、食事の終わった皿が置いたままになっていた。 (父さんは、もう夕飯食べたんだ。だけど……タキさんは、片付けないで帰ったんだろうか)  廊下も居間も暗い。  敢えて電気は点けずに、居間を出て、青い月光が仄かに落ちる広縁を歩いて、東の一番奥の部屋へ向かう。  その間にも、花火の音が連続で聞こえてくる。  父さんの書斎の前で立ち止まり、ノックしようとして、ドアの隙間から灯りが洩れていない事に気が付いた。  隣の寝室のドアも、それは同じだった。 (出掛けているのかな……)  と、思ったその時、どこからか声が聞こえた気がした。  最初は空耳かと思ったくらいに、小さくて、人の声かどうかも分からなかったけど。  僕は動きを止めて、耳を澄まし、息を潜める。  花火の音が煩い。  だけど、音が途切れると嘘のように静寂に包まれて、そして今度は、はっきりと耳に届く。  ……それは、父さんの寝室の方から聞こえてきた。

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