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 ―― 希望(25)

 それは僕のよく知っている声に違いなかった。  ――今は誰にもに会いたくないのに。  僕は、聞こえなかった振りをして、振り返らずに足を進めた。  だけど、「おい!」と呼ぶ声が、すぐ後ろで聞こえたのと同時に肩を強く掴まれて、仕方なく立ち止まる。 「なんだ、やっぱ伊織じゃん」  僕の顔を覗き込んで、隆司はいつものようにヘラヘラ笑っている。 「放して」  そう言って振り払おうとすればするほど、隆司は肩を掴んだ手にギリギリと力を入れた。 「……痛いっ、放してってば」 「んだよ、お前、泣いてたのか? 目が真っ赤じゃん」 「……別に、泣いてなんかない」  暗くてよく見えないのか、隆司は必要以上に顔を近づけてくる。 「なんでもないから……」と、僕が顔を背けて逃れようとしても、隆司は掴んだ肩を離さない。 「――おい、隆司、何やってんだ。行くぞー」  その時、遠くから呼ぶ声が聞こえてきて視線を巡らせると、少し離れた所に隆司の友達らしき数人が集まっていて、全員が此方を見ている。 「ほら、友達が呼んでるよ。行けば?」  早く隆司から離れて、一人になりたかった。何処か……、ここじゃない何処かへ逃げ出したい。  なのに、隆司は掴んだ僕の肩をしっかりと引き寄せて、「ちょっとお前に用事があるんだよ」と、耳元で言うと、今度は友達の方を向き直り、「悪い、先に行ってろよ。あとで連絡するから」と大声で叫んだ。  隆司の友人達は別に文句を言うでもなく、「じゃあ、後でな」と、軽く手を上げて、人混みの中へ紛れていく。 「……なんなの、話って」 「いいから、ちょっと……」  と、言葉を濁らせて、隆司は僕の腕を取り、引っ張っていく。  遊歩道の人混みから抜け出て脇道に入り、ひと気の少ないところまで来ても、隆司は僕の腕を掴んだままだった。 「お前さ、何度も携帯にメールしたし、電話もしたのに、なんで出ないんだよ」 (……携帯)  もう学校も辞めたし、出掛けることもなくなったから、携帯は、もうずっと学校の鞄の中に入れっぱなしで、電源も入ってないはずだった。 「……知らない。携帯なんて、いちいち見てないから」 「お前、学校辞めたんだって?」 「……そうだよ。だからもう、隆司や凌とも関係なくなったんだ」 「何言ってんの。そっちに関係なくても、こっちにはあるんだよ」  ああ……隆司にいくら言っても、時間の無駄だと思った。だけど、しっかりと掴まれた腕は、僕の力では振り払うことすら出来そうにない。 「凌は?一緒に来てないの?」  凌だったら隆司よりは、少しは話を分かってもらえるかもしれない。 「そう、凌のことで、お前に聞きたいことがあったんだ」 (――凌のことで僕に聞きたいこと?) 「……何?」 「あいつ、停学になったぞ」 「え?」  ――なんで? 「伊織だろ? 凌が、学校で煙草吸ってたのをチクったのは……」

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