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―― 希望(27)
電車を乗り継いで、知らない駅で降りて、15分ほど歩かされて着いたのは、見た事のない、黒っぽい外壁のマンションだった。
凌の独り暮らしのマンションには、前にも何度か行ったことはあるけれど、ここは知らない。
「ここ、凌の家なの?」
「ああ……アイツ、親父さんが推薦ダメになった事とか、すげえ怒ってるらしくってさ、前のあの豪華マンションから格下げされたんだって」
「……へえ」
「しかも、この夏休み、何処にも出ないようにって、見張りまでつけられてんの」
入り口の自動ドアの内側に、男が一人立っている。
僕達の姿を見つけると、隆司のことを知っているのか、何も言わずとも、自動ドアはスッと開いた。
格下げになったと言っても床は大理石だし、なんか、彼方此方にピカピカした装飾が付いている。
(趣味は良いとは言えないけど)
凌の父親が、何処かの指定暴力団の二次団体の組長で、母親はその何人もいる愛人の一人だと言う事は、随分前に聞いたことがある。
このマンションで、愛人の息子の見張りをやらされているのは、下っ端の使い走りの組員ってところか。
僕達がエントランスに入っても、男は何も言わなかった。
隆司は軽い会釈だけして、奥のエレベーターへ僕の手首を掴んだまま歩いていく。
ふと、さっきの男の視線を感じて、エレベーターの前で肩越しに後ろを振り返った。
少し光沢のある安っぽい黒のスーツを着た男は、やはり僕のことを見ていて、目が合ったような気がした。
何となく、何処かで見かけたことのあるような、そんな気がしたけれど、思い出せないままエレベーターの扉が開く。
エレベーターに乗り込んだ隆司は、迷うことなく八階を押した。
「……隆司はここに来たことあるんだ?」
「ああ、もう毎日呼び出されてるよ。暇なんだろ?」
いつもそうだった。隆司は、凌の言う事には逆らったりしない。
それは友達だからなのか、信頼関係があるからなのか、それとも何か弱みがあるからなのか、僕には分からない。
フロアを表示する数字をぼんやりと見上げながら、そんな事を考えていた。
――僕にはどうでもいい事だけど。
エレベーターを降りて、通路の一番奥の部屋の前で隆司は立ち止まり、ドアの横のインターホンを押す。
ややあって、『開いてるから、勝手に入って来い』と、凌の声が聞こえてきた。
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