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 ―― 希望(28)

 インターホンから聞こえてきた凌の声の後ろには、何かの音楽が流れていて、誰かの笑い声も洩れ聞こえてくる。 「分かったー」  隆司が返事をして玄関のドアを開けた途端、今インターホンから洩れていた音楽が大音量で奥の部屋から聞こえてくる。  玄関を上がり、その部屋のドアを開けば、その音が更に大きくなって耳に飛び込んでくる。  そして、目の前が白んで見えるほどの煙草の煙の中に、見た事のない数人の男達が、床に座り込んでいた。  何かが焦げたような、仄かに甘くスパイシーな匂いに思わず咽せてしまう。  宅配ピザの空箱やビールの空き缶などが散らかっていて、凌はソファーに座って煙草を燻らせていた。 「伊織、久しぶりだな。こっち来いよ」  凌はそう言って、こちらに視線を向けて煙草を口に咥えた。  それでも僕が部屋の入り口で、中に入る事を躊躇していると、凌は紫煙を吐き出しながら顎をしゃくり、無言でこっちに来いと指図する。 「……行けよ」と、隆司に背中を軽く押されて、僕は一歩前に出た。  うるさ過ぎる迷惑な音と、立ち籠める煙と匂いに、酔いそうに気分が悪い。  今頃……父さんとタキさんは、僕が居ないことに気が付いているだろうか……。それとも………。  チラリと頭に過ぎらせてしまうと、途端に父さんの寝室で見た、広い背中に回された白い手が蘇って、吐き気が込み上げる。  忘れてしまいたいその光景が、消しても消しても、頭の中に浮かび上がってくる。 「――なんだよ、女呼んだのかと思ってたのに、男じゃん」  と、誰かが言った。  ああ……、そうか。凌は、話なんてする気は、初めから無かったってことなんだ。  僕をここに呼ぶ為の、ただの口実だったんだ。  この男達は、凌の友達なのかな。この人達の目の前で、凌の思うままに抱かれるところを見せれば良いってことかな。  ――別に良いよ。  僕の愛しい人は、もう僕じゃない他の人と心を通わせていたんだから。  僕が勝手に思い込んでいただけで、父さんはもう、とっくに母さんへの未練すら無くなっていたのかもしれない。  父さんにとって僕は、死んでしまった人のことを思い出させて、苦しめてしまうだけの存在だったんだ。  そう考えると、すぐに目頭が熱くなって、また涙で目の前が滲んでくる。  胸が締め付けられて……狂いそうに辛くなる。

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