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第七章:ESCAPE(1)

 ――『ESCAPE』(side fujino)  束縛から逃れて自由になれるんだから、もう君はどこへでも飛んで行ける――  **********  ――『藤野先生、伊織の様子がなんか変なんだ』  俺の受け持つクラスの生徒、大谷慎矢から連絡が入ったのは、夜の十時を過ぎた頃だった。  夏祭りで鈴宮を見かけたと言う大谷の話は要領を得ず、とにかく俺は大谷のいる場所へ向かうことにした。  そこへ行くまでの間に、何度も鈴宮の家に電話をして、本人が家にいるかどうかを確認しようかと迷う。  だけど……大谷の話を詳しく訊いて確かめなければ、どうにもならない気がしていた。  たとえ今、本人が家にいないとしても、あの父親が果たして本当のことを話してくれるかどうか。  ――『先生には関係のないことだってこと。だからもう帰って』 『これは僕が望んだことなんだから』――  最後に彼の家を訪問した時に見た光景……。あの部屋の空気は異常だった。  本人が放っておいてくれと言っているのだから、退学届まで出しているのだから、もう関わらない方が良いと考える自分もいる。  俺に何ができる? 何もできない。関わったところで、自分の無力さをまた思い知るだけなのに。  だけど……本当にそれで良いのか。  このまま放っておいたら、またあの頃と同じ事の繰り返しをしてしまうような気がした。  生徒と向き合おうとせずに、逃げてばかりのあの頃と同じように。  ******  子供の頃から憧れていた教師になって、初めて教壇に立った時は、こんな俺でも夢と意欲に満ち溢れていた。  勿論、生徒一人一人に充分な事は、出来ないかもしれない。  それでも、俺が中高時代の恩師に対して感じたように、関わった生徒達が少しでも出会えて良かったと思ってくれるような教師になりたかった。  なのに……いつからだろう、辞めたいと思うようになったのは。  ほんの些細なことでも、学校にクレームを入れる保護者達。  本当は、生徒達と心を通わせたいと思うのに、すれ違って遠ざかるばかりの関係。  理想と現実の差に、自分はもしかしたら教師という職業には向いていないんじゃないかと、自問自答する日々。  そのうちいつの間にか、波風を立てずに平穏に日々が過ぎれば、それで良いと思うようになっていた。  生徒が入学して、三年間平穏に過ごし、無事に卒業してくれれば。  朝登校して、下校まで何事もなければ、それで良い。  自分の受け持ちの生徒だけが、問題を起こさなければそれで良いと。  俺は生徒との間に距離を置くことで、教師という仕事を上手くやっていく術を覚えた。  そんな時、あの事件が起こった。

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