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―― ESCAPE(7)
男に気付かれないように少し離れたところで道路を渡ると、そのまま目的の建物へ向かおうとする大谷の腕を掴んで引き止めた。
「待てって」
取り敢えず側にある路地の角に身を隠すと、「なんでですか?」と、大谷が不服そうに言ってくる。
「俺が行って聞いてくるから。君は此処で待っていなさい」
「だけど!」と、今にも飛び出して走って行きそうな大谷の肩を慌てて捕まえて、背後のブロック塀に両手で押さえ込む。
「いいから。此処で待っていなさい」
少し厳しい口調でそう言うと、大谷はまだ不服そうな顔をしていたが、「分かりました。」と、身体の力を抜いた。
もしかしたら、見張りは他にいるかもしれない。
話がスムーズに通らない可能性の方が高いのに、大谷を連れていくわけにはいかない。
「もし何かあったら、君に警察を呼んでもらわないと困るからね」
少し冗談ぽく言って、ニヤッと笑ってやると、大谷の強張っていた表情も少しだけ緩んだ。
「……大丈夫だよ。ちょっと聞いてくるだけだから」
そう言って、不安気に俺を見る大谷の肩をポンと軽く叩けば、「……はい」と小さい返事が返ってきた。
「じゃ、行ってくるね」
大谷をそこに残して、俺は目的のビルへゆっくりと歩いて行く。
遅い時間で、道路を往来する車も少ない。
緊張していないと言えば嘘になるけれど、この時はただ、中にいるはずの鈴宮を家に連れて帰らなければと、その事しか考えていなかった。
この辺りは店もあまり無く、街頭の灯りだけで薄暗いのに、その建物のエントランスからだけ明るい光が歩道まで伸びている。
その光の前で一旦足を止めてビルを見上げてみても、看板も何も無いし、ビルの名前すら確認できない。
目線を正面のエントランスに向ければ、既にこちらに気付いたらしい男が立ち上がり、自動ドアのガラスの向こうから真っ直ぐに俺を睨んでくる。
男から視線を外さずに、俺は自動ドアの前まで足を進めて、「こんばんは」と声を掛けた。だけど男は此方を見てはいるが、動こうとしない。ただ鋭い目つきで、此方を睨んでいる。
「すみません、開けてもらえませんか」
そう声を掛けながら、自動ドアのガラスをコンコンと軽く二度叩くと、男は面倒くさそうに近付いてきた。
「何の用だ」
男が近付くと、スッとドアが開く。その瞬間にすかさず中へ入ろうとした俺の腕を、男が強い力で掴んでまた外に押し出されてしまう。
「何の用だって、訊いてんだ。勝手に入るな」
俺を押し出した拍子に、一緒に外に出てきた男の後ろで、自動ドアがまた閉じてしまった。
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