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 ―― ESCAPE(8)

「早く用件を言えよ」  男は凄みを利かせた声と態度でにじり寄ってくる。 「この建物に、うちの生徒が入って行ったところを見たと言う情報があったので、確かめたいのですが」 「アンタ、先生? どこの学校だよ」 「桜川学院です。此処に鈴宮伊織と、井上隆司という生徒が来ていませんか?」 「……俺は、知らねえよ」  男は睨みを利かせながらそう応えたけれど、その前に一瞬の間が空いた。 「では、速水凌は? ご存知なんじゃないですか?」 「……いねえよ」 「そんなはずは、ないと思うんですが……」  ここに入って行ったのは確かなんだ。  隠さなければいけない理由が何なのか分からないが、居ないと言われても簡単に引き下がるわけにもいかない。 「知らねえって、言ってんだろが! 帰れ」  男に身体を歩道まで押しやられて、最後には、いとも簡単に突き飛ばされる。  見た目は痩せていて、そんなに強そうには見えないこの男にさえ、力では敵わない自分が情けない。  その時、俺の前に立ちはだかる男の後方で自動ドアが開いて、中から誰かが出てくる影が見えた。  男の身体を避けるようにして、その背後を覗き込むと、中から出てきた少年は、俺のよく知っている顔だ。  その顔は、口端が切れていて、誰かに殴られたように赤く腫れ上がっている。 「……井上……」 「……あ……っ?」  声を掛けると、井上は最初はぼんやりと此方を見やり、そして俺だと気付くと酷く驚いた顔で頓狂な声を上げ、次の瞬間には、逃げるように駅方面へ駈け出した。 「――あっ、待て! 井上くん!」  俺も慌てて立ち上がり、行く手を塞ぐ男の身体を力任せに押し退けて、彼の後を追うが、その差は段々と広がっていく。 「くそっ!」  日頃の運動不足のせいだと、こんな時に後悔しても何の役にも立たない。  その時、背後から俺のわきを、物凄いスピードで追い越していく影が視界に入った。 「……え?」  その後ろ姿は、どんどん小さくなっていく。 「大谷くん……」  今、疾風のように駆け抜けて行ったのは、井上が走り去った駅方面とは反対方向の角で待たせていた、大谷だった。  俺の視線のずっと先で、井上が横道に入って行くのが見えて、間を開けずに大谷の姿も見えなくなった。  さすが陸上部だ……なんて、感心している場合ではない。俺も急いで二人の後を追いかけた。

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