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―― ESCAPE(10)
「……な、何って……、もう二人とも寝てる……そ、それに、伊織は凌の部屋に泊まるつもりで従いてきたんだから」
視線を逸らし、しどろもどろに応える井上に、大谷が怒りを露わにして詰め寄っていく。
「――それは嘘だ!」
「嘘じゃねえよ!」
二人の間に入っていた俺を押し退けて、二人はまた胸ぐらを掴み合う。
「二人とも、落ち着いて! これじゃ話ができないじゃないか」
二人を引き離しながら、気が付けば俺も声を張り上げていた。
「絶対違う……、伊織はもう速水さんのところに、自分から行ったりする筈は無い」
井上の胸ぐらを掴んだ手を離した大谷は、視線を逸らして呟くようにそう言った。まるで自分に言い聞かせているように。
「何言ってんだ。伊織は自分から俺に従いて来たんだ。俺は凌に言われて案内しただけだ。お前だって、あの二人の関係知ってんだろ?」
少し落ち着いたと思ったのも束の間、その言葉にまた大谷に火が付いて、井上に食ってかかる。
「嘘だ。もう、好きでもない奴に抱かれたりしないって、約束したんだから」
鈴宮が速水だけでなく、身体を繋ぐような関係をあちこちで持っていることは、俺もなんとなく知っていた。
だから、このやり取りに今更驚くこともなかったけれど、言い争っているうちに、井上の口から出てきた言葉には正直驚愕した。
「嘘なもんか。さっきだって、六人に代わる代わる突っ込まれて悦んでたさ」
「――え?」
聞き違いかと思って、聞き返した声が上擦ってしまう。
「六人って、なんだよ!」
大谷は、一瞬で顔が真っ赤になり、怒りに満ちた声で叫ぶ。
「知らねえよ! 俺だって知らなかったんだ。あ、あんな事になるなんて思ってなくて、俺は止めたんだからな」
「……あんな事って……? 他にも何かあるのかよ!」
詰め寄る大谷の言葉に、井上は我に返ったように、ハッと表情を強張らせた。
「……ち、違う……、凌は悪くない、あんたらが……、学校が凌を停学なんかにするからっ、あいつ、それで家で色々言われて、だから……」
速水を庇うように必死に言い訳をする井上の声が、最後の方は聞き取れないくらいに小さくなっていく。
「――凌は……今はちょっと荒れてるだけで……本当は伊織のことが好きなだけなんだよ。だから先生なんかが行ったら余計に……」
「速水さんの事情なんて知るかよ!」
怒りを抑え切れずに、手が出そうになる大谷をなんとか止めて、俺は井上の肩を掴んで目を合わせた。
「井上くん、俺たちは鈴宮くんが安全な事を確認できたらそれで良いんだ。無理やり連れて帰ったりもしない。だからその部屋に案内してもらえないかな」
「い、嫌だよ、俺が先生なんか連れて行ったら、凌を裏切ったことになっちまうじゃないか」
顔は向き合っているのに、井上はすぐに視線だけを逸らしてしまう。
「どうして? ただ鈴宮くんが無事にいることを確認するのが、どうして裏切った事になる?」
「知らねえよ! もういいだろ? 放せっ」
そう言って、井上は力任せに俺を突き飛ばすと、その場から走り去ってしまう。
「あっ、待てよ!」
「――大谷くん、いいんだ」
追いかけようとする大谷の腕を、俺は咄嗟に掴んで引き止めた。
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