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―― ESCAPE(13)
だが、予想はしていたけれど、そう容易く事は運ばない。
外からいくら話し掛けても、中の男は此方を見向きもしない。
時間が刻々と過ぎていく。こうしている間にも、八階のその部屋で何が起こっているのか、鈴宮はどうしているのか。
さっきの井上の言葉が蘇り、何度打ち消しても、頭の中に想像もしたくない光景を浮かび上がらせてしまう。
考え過ぎだ。速水だって、鈴宮とは親しいんだから、そんな酷いことをする筈はないと信じたい。
だけど……、
たとえ井上の言ったことが、苦し紛れの嘘だったとしても、一刻も早く鈴宮の安全を確認しなければ帰るわけにもいかない。
「すみません、お願いします。ここを開けて下さい。うちの生徒がここに居る事は確認できているんだ!」
本当は、なるべくおおごとにはしたくなかった。穏便に事が済むのなら、それに越した事はない。騒いで近所の人に気付かれて、通報されたりするのは避けたかった。だけどもう、形振り構っている場合でもないかもしれない。
「おい、頼む! 話だけでも聞いてくれ!」
更に大声で男に呼び掛けながら、自動ドアを何度も叩いた。
俺があまりにも騒ぐものだから、男は堪えきれなくなった様子で、「うるせえ! 殺されたいのか!」と、物騒な文句を吐きながら、血相を変えて外へ飛び出してきた。
男にまた突き飛ばされて、尻もちを突いたけれど、先ずは男を外に呼び出すことに成功した。
「鈴宮伊織を迎えに来ただけなんです。八階の部屋にいることは聞いています。案内してもらえませんか」
正直怖いし、声が震えそうになる。
それを堪えて、スラックスの汚れを払いながら立ち上がり、冷静を装った声で男に話しかけた。
「お前、鈴宮伊織の何なんだ。先生ってだけで、なんでそんな必死になってるわけ」
「……鈴宮は俺のクラスの生徒です。」
そう応えると、男はあからさまに怪訝な表情をする。
「本当にそれだけか?」
他にどんな関係があると言うんだ。
不思議に思いながらも、「そうです」と答える俺に、男はまた睨みを利かせてきた。
「俺はな、先生なんてやつが大嫌いなんだよ。担任だからってだけで迎えに来たなんて言う奴のことは信じられないね」
吐き捨てるようにそう言うと、男は踵を返してまた中に入ろうとする。
「――ま、待ってください!」
もう怖いなんて思う暇もなく、俺は必死に背後から男に縋り付いた。
せっかく男が外に出てきてくれたのに、この機会を逃したら、もうきっと中には入れない。
「――っんだよ! 放せっ! しつこい奴だな」
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