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 ―― ESCAPE(16)

 ――え?  言葉を失う。  今、なんて言った?  男が言ったハーブとは、植物片に化学物質を混ぜたり、染み込ませたりした、危険ドラッグのことなのか。  さっき帰って行った男達の、普通ではない様子を思い出して、背筋が凍った。 「……あなたが、それを渡したんですか? 速水くんに?」 「仕方なかったんだよ」  もう、怒りを抑える事など忘れて、身体は勝手に動き、拳を男の頬に目掛けて突き出した。  だけど、呆気なく手首を取られて、怒りを男に打つけることは叶わない。 「先生が暴力なんてやめておけよ」  掴まれた手首を押し戻されて言われた言葉に、何も言い返すことも出来なかった。  今日ほど自分の無力さを情けないと思ったことはない。 「……とにかく……中に入れてくれないか」  もう鈴宮だけでなく、部屋にいる二人のことが心配だった。 「いや、俺が伊織を連れ出すから、お前はここで待ってる方が良い」 「――でもっ」  自動ドアへ近付こうとする俺の腕を、男に掴まれて引き止められてしまう。 「あのな、入り口も中も監視カメラがあるんだ」  そう言われて、見上げれば、自動ドアの上にひとつカメラが取り付けられていた。 「別に構わない」  そう言って、男の制止を振り切ろうとした。  悪いことをしている訳じゃない、生徒を迎えに来ただけなんだから。 「バカ、一般人なんか入れたら俺が後でヤバいんだってば。だから頼むから言うことを聞いてくれ」  ――必ず伊織を連れて来るから。と、男は真剣な眼差しを俺に向ける。 「……あなたは……鈴宮くんを知っているのか?」  男が『伊織』と、鈴宮の名前を呼んだことが気になっていた。 「……ああ、凌さんがそう呼んでいたから、名前は知っている」  男はぶっきらぼうにそう言うと、俺から目を逸らし、駅方面を指差した。 「この先にコンビニが一軒ある。先生はそこへ行ってミネラルウォーターと、あと、ビニール袋を買ってこい」 「……どうして?」  意味が分からずに訊き返すと、男はあからさまに面倒そうな顔をした。 「もしも許容量以上に摂取していて、頭痛が酷かったり、気持ち悪くて吐き気が治らなかったら、水を多めに飲ませてやってくれ。ビニールは吐いた時用。あと……タクシー捕まえておけよ」

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