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―― ESCAPE(17)
それだけ言うと、男は自動ドア横のオートロックパネルの前に立つ。
「あ……、あの」
やっぱり俺も一緒に……と言いかけて近付こうとする俺に、男は鋭い視線を向け、「こっちに来るな」と制した。
「凌さんを説得して、伊織を部屋から連れ出すのは俺の役目だ。先生は、おとなしくさっき言った買い物でもして待ってろ」
それでも、引き下がれずに「でも……」と言いかけると、「うるせえ」と厳しい声が被さってきた。
「伊織がここを出た後は、アンタに任せていいんだよな? 先生」
その言葉には重みがある。
鈴宮がどんな状態なのか想像もつかなくて、ただ心配ばかりが先走るけれど、彼の家庭の事情や学校の事も、問題はいくらでも残っている。
「そんな難しそうな顔すんなよ、先生がそんな顔してたら俺でも不安になっちまう。お節介するんなら、とことんしてやれよな」
俺をからかうような声なのに、何故か男も鈴宮のことを心配しているように思えた。
「じゃあな」
と言って、男はカードキーをオートロックパネルに翳し、自動ドアがゆっくりと開く。
「あっ、あの、鈴宮くんには俺が来てると言わないでください!」
中へ入っていく男の背中に、思わず声を掛けていた。
「はあ? なんで?!」
肩越しに振り向いた男は、かなり怪訝な顔をしている。
「鈴宮くんは、俺のことを嫌っているから……俺が来ている事を知ったら、出て来ないかもしれない」
情けない言い訳をする俺に、男は「ははっ、馬鹿じゃないのアンタ」と、笑った。
「一人の人間として、伊織を守りたいと思ってんだろ? ならあいつが出てきたら、本気で抱き締めてやれよな」
――え?
やっぱりこの男は、鈴宮のことをよく知っているような気がして、もう一度訊こうとしたけれど、そこで自動ドアが閉まる。
手を軽く上げて、視線を此方に向けたまま、後ろ向きに奥へと歩いて行く男の唇がまだ動いていたけれど、なんて言ったのかは分からなかった。
エントランス奥のエレベーターに男が乗ったのを確認してから、俺は駅方面に向かって走った。
とにかく自分の出来ることをするしかないと思っていた。
暫くすると、男の言っていたコンビニが見えてくる。
言われた買い物を終えて、駅近くの通りでタクシーを捕まえて、またあの建物の前に戻って来た頃には、東の空が白んできていた。
もう夜が明けようとしている。
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