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 ―― ESCAPE(18)

 タクシーを建物を少し過ぎた所で停めてもらい、俺は入り口の防犯カメラの死角になるように、柱の影に入って待っていた。。  待っている間は、とても長く感じるけれど、実際は男が中に入ってからそんなに時間は経っていない。  だけど、夏の早い日の出に、どうしても気が急いてしまう。  急速に昇り始めた朝の輝きが、東側の建物の隙間から長い光の筋を幾つも放ち、俺の背中をジリジリと灼き始める。  柱の影から覗けば、その光はエントランスにまで伸びて、大理石の床が眩しく煌めいていた。  じわりと、肌が汗ばんでくるのは、朝輝の熱のせいだけではない。  エントランスの奥にある、あのエレベーターの階数表示が動くのを、目を凝らしてただ見ている事しかできない自分がもどかしかった。  鈴宮は出て来てくれるだろうか。あの男は速水をどう説得するつもりなのだろうか。  だけど信じて待つしかない。  その時、じっと見ていたエレベーターの横の非常階段のドアが僅かに動く。  自動ドアのガラス越しのこの位置からでは、目の錯覚に思えるほど、それは薄く開かれていた。  それなのに、俺を焦らすかのように、なかなかそれ以上開かない。  ――誰が出てくるのだろう。  いや、鈴宮に決まってる。  男は速水を説得して、上手く鈴宮を連れ出したに違いない。  だが、それなら、何故エレベーターを使わずに非常階段なのか。  色んな可能性が頭を過り、考えがまとまらない。  思わず飛び出して行きそうになるのを、ぐっと堪えた。  今はその扉が開くのを、固唾を呑んでじっと待つしかないのだ。 「……あ……」  漸く、ゆっくりと重そうなドアが開く。身体全体を使うようにドアを押して、中から出て来た人影に、思わず俺は息を吐く。  射し込んだ朝の光が大理石の床に反射して、着ている白いシャツを、色素の薄い柔らかな髪を、きらきらと包む。  蹌踉めきながら一歩前に出た姿は、その眩しい光の中で消えてしまいそうに儚い。  ふっと、出てきたドアを振り向く姿に、また中へ戻ってしまうんじゃないかと不安に駆られる。  だけど、その後ろに見えたのは、さっきの男の姿だった。  そこで見送る男を残し、鈴宮はゆっくりと、けれど自分の足で此方へ向かって駆けてくる。  俺は、いつの間にか柱の影から一歩出て、腕を伸ばしていた。  自動ドアが開き、中の冷気が流れてくる。  その空気を纏いながら、鈴宮は俺へ手を伸ばしていた。  今まで、一度だって俺を頼ったりしなかったのに。俺に助けを求めるように。  こんな俺でも必要としてくれているのか。  腕の中に倒れ込んできた身体は冷たくて、なのに、汗で濡れているのがシャツ越しにも分かる。  体重全部を俺に委ねて、鈴宮はゆっくりと長い睫毛を伏せた。 「……おい、鈴宮くん?」  まるで気を失うように、彼はそのまま寝息を立て始める。  抱え上げた身体は、17歳の男子高校生とは思えないほど軽く、折れそうなほど儚く感じた。

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