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 ―― ESCAPE(21)

「お……ね、がい ……」  合わさった唇の隙間から、掠れた声で言葉を紡ぎ、また角度を変えて重ねてくる。  逃げを打つ俺を誘うように触れてくる舌に、つい流されて絡め合わせてしまう。 「…… ん……ふ ……」  漏れ聞こえる甘い声にも煽られて、いつの間にか華奢な背中に腕を回し、きつく抱きしめていた。  舌を絡めながら吸い上げて、濡れた唇を割り咥内へ侵入する。  上顎を擽ると、ぴくりと鈴宮の身体が反応した。  そこを何度も柔らかく撫でれば、腕の中の細い身体から、徐々に力が抜けていく。  自分の立場も忘れ、鈴宮が醸し出す、しっとりと纏わりつく色気に官能を呼び覚まされて、ただ本能で動いていた。  深く口付けを交わしながら、鈴宮の手が弱々しく俺のシャツの裾をスラックスから引き出す動きに、俺は薄く目を開けた。  至近距離にある、何も映さない虚ろなな瞳。 「……っ」  ――駄目だ……。  そこで漸く、霧から抜け出たように、俺は今の状況を思い出した。  上昇し始めていた温度が急激に下がり、夢から目醒めるように現実に引き戻された。 「――鈴宮っ」  細い肩を掴み、身体を押し離して、名前を呼んだ。  虚ろな瞳は、それでも俺を映していないように思えた。 「……どうして?」と、無表情に唇が動き、俺に問いかける。  鈴宮の心は俺には向かっていない。こんなに弱っている時にこんな事をするなんて俺はどうかしていた。  その時、タイミングよくバスタブに湯が張れた合図のメロディーが流れてきた。 「鈴宮、風呂が湧いた。入るだろう?」  先ほどの余韻がまだ残っていて、上擦りそうな声を抑えながら、なるべく普段通りに話しかけると、鈴宮は小さく首を横に振った。 「どうして? 汗も掻いているし……」  そう言い聞かせようとしても、鈴宮は今度は激しく首を横に振りながら、「嫌だ」と掠れた声で訴えてくる。  だけど、汗で湿り気を帯びた髪や衣服も、それに身体から漂う精の匂いも気になって、鈴宮の訴えを聞いてやるつもりはなかった。 「駄目だ。こっちに来なさい」  少し乱暴だとは思ったけれど、俺は嫌がる鈴宮の腕を引っ張り、無理矢理浴室へ連れて行った。  だけど浴室の前まで来ても、鈴宮は一向に服を脱ごうとしない。ただ、嫌だと言うばかりで、床に座り込んでしまった。  仕方なく俺は、鈴宮のシャツのボタンをひとつずつ外していく。  それを拒もうとする鈴宮の手は、弱々しくて、俺の手を止めることなどできない。  露わになった白い肌に残る赤い痕に、目を逸らしそうになる。  シャツを剥ぎ取る時に肌に触れた指先に、まだ乾いていない体液が纏わりついてきた。

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