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 ―― ESCAPE(22)

「……だから嫌だって言ったのに」  小刻みに震えながら俯いて、鈴宮は消え入りそうな声でポツリと呟いた。 「そのままにしておく訳にはいかないだろう? ちゃんと洗おう」  必死に俺の視線から逃れるように、自らの身体を抱きしめている両手を引き剥がせば、鈴宮は諦めたように息を吐き、力を弛ませた。 「ほら、全部脱いで」  力の抜けた身体を立たせてベルトを緩め、ボトムと下着を一気に脱がせようとした俺の手に、ねっとりと纏い付く粘液。  白の粘りの中に混じる薄い赤。それは紛れもなく血液だった。 「……どうして、こんな……」  言いかけた言葉を途中で詰まらせた。この状態には、さすがに眉をひそめてしまう。 「……こんな汚れた身体は抱けないよね」  俺の肩に顔を埋めたままポツリと自虐的な言葉を零し、鈴宮はくすくすと笑い始めた。  ――そんなことはない。  どんなに汚れていたとしても、その仕草に、その唇に、湿度を帯びたその髪や肌に、俺はあんなに惹きつけられて、情欲に抗えなかった。 「何、馬鹿なことを言ってるんだ」  だけど、そんな本心を白状できるわけもなく、ボトムと下着を脱がせながら、そう言って誤魔化すしかなかった。 「だから父さんも僕を愛してはくれなかった」  そう言うと、小さく掠れた嗚咽が微かに聞こえてくる。 「鈴宮くん?」  顎を掬い上げ、顔を覗き込めば、憂いを浮かばせた瞳から一筋の涙が零れ落ちた。  その瞳は俺を見ていない。どこか遠くを見つめているようなのに、鈴宮は俺に縋るように、「先生、お願いだから」と、言葉を掠れた声に載せる。 「他の人を本気で好きになれば、そうすれば、忘れられるかもしれない。……だからっ」  だからの後に続いた言葉の意味を、すぐに理解はできなかった。 「だから、僕を愛して……、家に帰れなんて言わないで」  そして、懇願するように唇を押し付けてきた。 「――何をいって……」  逃げるように浴室の中へ後退る俺に、鈴宮は体重を乗せてしがみ付いてきた。その身体を受け止めた瞬間、脹脛にバスタブの縁がぶつかる。 「――あぶなっ――っ!」  視界が回り、天井が見えて、飛沫が盛大に跳ね上がり飛び散っていく様がスローモーションに視界に映る。  そして、俺は鈴宮の身体を抱いたまま、見事に湯船の中に倒れ込んでしまっていた。 ――服を着たままで。

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