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―― ESCAPE(28)
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夜半に降り出した雨が、風と共に段々強くなってきて、遠くに小さく聞こえる雷鳴で目が醒めた。
昨日、殆ど眠っていないのに、やはり狭いソファーで寝るのは慣れていないせいか、眠りが浅い。
部屋に射し込む夜の仄かな明かりが、窓に打ち付ける雨を壁に映している。
寝室で眠っている鈴宮は、この音で目が醒めたりしていないだろうか。
大谷が帰る時、玄関まで見送った鈴宮は、それまで和らいだ表情を見せていたのに、リビングに戻るなり、神妙な面持ちでポツリと俺に訊いてきた。
『先生、家に連絡した?』
『……いや? ……して欲しくなかったんだろう?』
俺が返した言葉に、鈴宮は小さく頷いた。
正直に連絡した事を言って、鈴宮の父親の言葉を伝えた方が良いのだろうか。そうすれば、もしかしたら鈴宮は自分から家に帰るのかもしれない。
頭の片隅でその考えも過ぎったけれど、結局言えないままだ。
でも、このままにしておく訳にもいかない。明日にでも話してみようか。
学校は夏休みに入っているけれど、教師は勤務日だから明日は学校に行かなければならない。
鈴宮を一人残して行くわけにもいかないし、俺の顧問する美術部に行ってみないか? と誘ってみた。
前にも一度、誘ったことはあったのだけど……。
あの時は、けんもほろろに断られたっけ。
だけど今回は、
『……なんで。僕、学校退学したのに』と怪訝そうにしていたが、行きたくないとは言わなかった。
『大丈夫だよ。退学届は俺のところで留めたままだし。君はまだあの学校の生徒だから』
そう応えると、鈴宮は目を丸くして驚いていたな……。
その顔を思い浮かべて、ふふっと、一人小さく笑い声を漏らしてしまう。
制服が無いけど……まあなんとかなるだろう。
今は、外に目を向けさせて、何にでも良いから、興味の持てるようなことを見つけることができれば。
――先延ばしにしている父親のことも、折を見て、ちゃんと話をしてみよう。
そんなことを考えていると、不意に部屋の中へ明るい稲光が射し込んで、次の瞬間雷鳴が割れるような音を立てて辺りに響く。
突然、耳をつん裂くように届くその音には、大人でも吃驚して肩が震えてしまう。
いつの間にか雷がすぐそこまで近付いてきていた。
雷の音が止んで、一瞬の静寂が訪れる。でも、またすぐ次が来るだろう。鈴宮がこの音に起こされなければ良いが……。
その時、キィ……と小さくドアの開く音がする。
上体を起こし、音のした方を見れば、鈴宮が寝室のドアを開けて立っていた。
やはり、雷の音で起きてしまったか。そう思った瞬間、また稲光が部屋の中を蒼白く照らした。
光の中で、鈴宮は怯えるように耳を塞いで、床へ崩れ落ちる。
その光が消えないうちに被さるように鳴り響く雷鳴の中、鈴宮の小さな悲鳴が聞こえた。
「――鈴宮?!」
慌てて駆け寄れば、鈴宮は耳を塞いだまましゃがみ込み、全身を小刻みに震わせている。
「……なんだ? そんなに雷が怖いのか?」
いつも生意気で大人びた表情を見せる鈴宮が、こんなに子供のように雷を怖がるなんて意外だった。
宥めるつもりで肩を抱き寄せると、細い腕を俺の腰に回して、しがみ付いてくる。
「……独りに、しない……で」
雷鳴の音に掻き消されそうな小さな声で、途切れ途切れの言葉が聞こえてきた。
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