270 / 330
―― ESCAPE(35)
「今、開けます。少しお待ちください」
インターフォンの通話を切って、鈴宮を見れば縋るような眼差しで俺を見つめていた。
「……父さんの……話って……何だろう」
何をそんなに怯えているのか、不安そうに声が震えていた。
「それは勿論……、帰ってくるようにと、話をしに来られたんじゃないかな」
鈴宮にとっては、大好きな父親が迎えに来てくれているのに。
「僕は……帰った方が良いのかな。それが一番良いのかな」
どうして、そんなに迷っているのか。
「それを知る為にも、ちゃんとお父さんと話をした方が良いんじゃないか?」
そうする事が、この親子の縺れてしまった糸を解く一番の方法なんだと、俺は思っていた。
「大丈夫だよ、きっと良い方向にいく」
鈴宮が怯えるようなことは、何ひとつ無いと思っていた。
それでも、まだ不安そうにしている鈴宮の頭に、ポンと軽く手を載せて、
「俺も傍にいるだろ?」
と言えば、不安そうに瞳をゆらりと揺らめかせながらも、鈴宮は小さく頷いた。
「どうぞ」
「お邪魔します」
父親をリビングに案内すれば、そこで待っていた鈴宮は途端に俯いてしまう。
そんな鈴宮に父親は真っ直ぐに歩み寄り、「伊織」と声をかけた。
父親の顔色を窺うように、俯いていた鈴宮の顔が僅かに上がる。
「元気にしていたか」
言いながら父親は手を伸ばし、鈴宮の頬にするりと指を滑らせた。
瞬間、鈴宮の瞳が揺れて、頬が仄かに桃色に染まっていく。
ああ……、やはり……。と、思う。
鈴宮は、この父親を好きなんだ。そして親子のそれを超えた恋情がこの二人を結び付けている。
きっと、俺なんかが入る余地など無いくらいに。
だから、こうして二人が此処で会った事は、きっと間違いではなかったと、俺は……、何となく寂しい想いも感じながらも、これで良かったんだと、安堵していた。
「……どうぞこちらに」
二人にダイニングの椅子を勧めた俺を、鈴宮の父親が振り返る。
「ご迷惑をお掛けしてばかりで申し訳ないのですが、少し伊織と二人だけで話がしたいのです」
「……え」
父親の言葉に、俺は僅かに迷って、鈴宮へ視線を移した。
――俺が傍にいるから。 と、さっき鈴宮に言ったばかりだったから。
「……僕は……、大丈夫だよ、先生」
まだ、僅かに不安を残しながらも、それでも言葉通りに、鈴宮の瞳はもう大丈夫と言っているように思えた。
「……分かりました。では向こうの部屋で待っていますので、何かあれば声を掛けてください」
部屋を出る前に、鈴宮の方へ視線を戻せば、心を決めたと俺に伝えるように、頷いてみせてくれていた。
ともだちにシェアしよう!

