274 / 330

 ―― ESCAPE(39)

「……どうし……よ……、ここが苦しい……」  俺の腕の中で身を縮めるようにして胸を押さえながら、鈴宮は途切れ途切れに言葉を零した。 「胸が痛くて、潰れそう」 「――鈴宮……」  華奢な身体を震わせて、言葉の合間に漏れる嗚咽があまりにも哀しくて、俺は鈴宮をきつく抱きしめていた。  こうすることで、君の哀しみの半分でも、俺が受け止めることが出来ればいいのに。 「父さんの傍にいられるなら……っ、他に何も要らないの……に……」 「うん……」  今の俺には、聞いてやる事くらいしか出来なかった。 「ぼく、は、母さんの代わりで、良かったのに……」  必死に訴えてくるのは、辛い心の叫びだった。 「傍にいられるなら、ずっと閉じ込められたままでも良かったのに」  腕の中の鈴宮は、いつもよりも小さく感じて、どんなにしっかりと抱きしめていても、消えてしまいそうに儚い。 「ぼく、のこと……、手放さないって……っ、のに、…………っ」  だけど、俺のシャツを震える指先でしっかりと掴んでいた。  それは、自分は此処にいると主張しているように思えて、――俺は、ちゃんと君を見ているから。と、その想いを伝えたくて、弱々しい身体を抱き締める腕に力を込めた。 「……だけど……、母さんに似てる……、ぼく、は重荷だった……」  咽ぶように息を詰まらせながら紡いだ言葉が、突然空気を呑むような音がして、そこで途切れた。 「――鈴宮くん?」  腕に抱いていた身体が、ずしりと重くなった。  あまりの精神的なショックとストレスが引き金になって、意識を手放してしまったのだろうか。  抱き上げた身体は、あまりにも軽く、その心はどんなに脆いことか。  寝室に運んで、そっとベッドに寝かせて、涙に濡れた頬を指先で拭ってやる。   「……辛かったな」  額に張り付いている汗で湿った髪を払い除けてやりながら、小さく声を掛けた。  さっき、鈴宮が零した言葉の数々を思い出して、目頭が熱くなる。  目の前の鈴宮の顔が涙で滲んでいた。 「……せんせい」  不意に、掠れた声で呼ばれて、慌てて霞んだ目を擦った。 「気が付いたか?」  見上げてくる顔を覗き込めば、「……どうして泣いてるの」と、訊いてくる。  虚ろな眼差しだけど、話す声はしっかりと落ち着いているように思った。 「何でもない。少しこのまま眠るか?」  そう言いながら、髪を撫でてやれば、鈴宮は小さく首を横に振った。  布団の中から手を伸ばして、俺の手に触れてくる。 「……先生も、僕のこと負担だよね」 「そんなことないよ」 「……担任だから?」  そう訊かれて、一瞬言い淀んだ。  自分の受け持つクラスの生徒だからという思いは、確かにあるけれど、でも……、 「……違うよ」

ともだちにシェアしよう!