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 ―― ESCAPE(41)

「復讐? それは違うだろう?」 ――『だから、他の男に教えられる前に、私が覚えさせただけだ』  あの人は、そう言っていた。それと鈴宮の言う復讐と何か関係があるとは、俺には思えないけれど。 「父さんは、僕の本当の父親を忘れることができない母さんを憎んでいた」 「それは、お父さん……鈴宮さんが言ったのか?」  俺の腕の中で鈴宮は、小さく首を横に振る。 「……はっきり言わなくても、分かってしまった。……父さんが僕を抱いたのは、母さんの裏切りを赦せなかったから」  それが本当の話だとしても、子供には関係のない話じゃないか。俺は、ますますあの人への怒りが込み上げてくる……。 「それでも良かった。どんな形でもいい……父さんに必要とされたかった」  悲痛の色を眉の間に浮かばせながら吐き出された言葉に、俺はハッとさせられた。鈴宮が欲しいのは、恋人としての愛情でも、ましてや身体の欲望なんかじゃない……。 「いつかこんな日がくるんじゃないかって、いつか父さんに要らないって捨てられるんじゃないかって、実の父親が家に来た日から、ずっとビクビクしていたんだ」  父親に、ただ愛されたいという、ごく普通の想い。 「どんな形でもいいから…… 愛されたい、愛されたかった……っ」  その想いを歪ませてしまったのは、他でもない鈴宮を育てた父親なんだ。 「……なのに、夢の中で父さんは、いつの間にか僕じゃなくて違う女を抱いていて、それで最後に僕の目の前で女に囁くんだ」  ーー『お前といると気持ちが安らぐ……お前は沙織に似ていないから』  その言葉を苦しそうに吐き出すと、鈴宮は俺の首元に顔を埋めた。  俺の背中に縋るように、細い腕で抱き付いてくる。 「先生……」  俺を呼ぶ声と共に、熱い息が首筋にかかる。 「……夢の中で父さんに触れられて、僕の身体は勝手に熱くなってしまうのに、いつもそこで目が醒めてしまう。もう父さんは、僕を抱いてはくれないのに」  シャツの前を開けて露わになった肌の熱さが伝わってくる。 「――鈴宮……くん」  ドクンと、自分の身体の奥で音が鳴っていた。気持ちとは裏腹に。 「先生は、どうして僕を抱かないの」  そう言って、鈴宮はいきなり俺の中心へ手を伸ばして、するりと撫で上げる。 「――なっ!」  あまりにも突然で、思わず腕の中にいた鈴宮を突き飛ばしてしまっていた。  密着した熱い肌や、首筋に微かにかかる熱の籠った息に甘く誘われて、隠し切れない欲情がさっきから下衣の中で燻って形を変え始めていたことは、自分自身が一番よく分かっていた。 「やっぱり、先生だって皆と同じじゃない」  何も言い返す事なんて出来ない。これは今だけじゃないから。  鈴宮をこの家に初めて連れてきたあの時も、俺は欲情していたんだ。彼が雷鳴に怯えたあの夜からずっと……、同じベッドで身体を寄せ合って眠っている鈴宮に。  ――そっとベッドを抜け出して、隠れて、持て余した熱を吐き出していた。 「愛してなくても、やれるでしょ? 遠慮しなくてもいいよ。ずっと昔から慣れてるから」  電車の中の纏わり付く視線も、飢えたように触ってくる痴漢も、追試を免除してくれる代わりに僕の身体で遊ぶ教師達も、僕を犯したあの男も……。  そこで一旦言葉を区切り、鈴宮は細く長いため息を吐いた。 「……そういえば今日、多田や脇坂が美術室に来た理由も、そういうことだった」

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