282 / 330

 ―― ESCAPE(47)

 電車だと、学校までは約1時間弱。  平日よりも多少は交通量が少ないかもしれないと期待して、車を選んだことを後悔していた。  フロントガラスの向こう側に続く車の渋滞や、窓を閉めていても感じる雑踏にさえ、胸の内に風波が立つように焦燥感が広がっていく。  ――やっぱり電車にすれば良かったかもしれない。  数100メートル先の駅近くの高架を過ぎれば、学校はすぐなのに。渋滞に巻き込まれてさっきから少しずつしか前に進まない。  この道は、平日でもこんなに混んだりしないのに。  遠くになんとなく聞こえていた救急車のサイレンが段々と近づいてきて、後ろから追い越していく。  この渋滞は事故なのか? と思った瞬間に、心臓が早鐘を打ち出した。  ――まさか……。  頭に過った考えを、首を振って否定した。  駅前の横断歩道を渡れば、学校までは石畳の歩道が続いているんだ。事故になど遭う筈は……。  鈴宮が家を出てから、もう何時間も経っているんだし。  ――いや……、あの救急車は、交通事故とは限らないんじゃ……。 「……駄目だっ」  どうしても悪い方にばかり考えてしまうのを、振り切る為にも、俺はウィンカーを左に点滅させる。  次の角を曲がれば、多少遠回りだけど、この調子で真っ直ぐに進むよりもまだマシかもしれない。  じっとしている事が出来なかった。  細い裏道を、無意識にスピードを上げてしまいそうになるのを注意しながら、漸く学校の裏門に到着した。  門扉前のスペースに車を停める。  ドアを開けて、外に出てみれば途端に強い風に吹かれて、砂埃に目を眇めた。  街路樹の枝葉を擦り合う音が、忙しなく鳴っている。  人影のない静まり返った校庭を通り抜けていく風の音が、余計に俺の胸の内を騒つかせる。  裏の門扉は、正門程ではないが高さはある。  だけど躊躇することなく、ガタガタと風に揺れる門扉をよじ登り、向こう側へ飛び降りた。 「……っ」  膝と片手を地面に突いた僅かな痛みに、一瞬眉を潜めるが、即座に立ち上がり、北側3号館の校舎を目指して走る。  美術室は1階の廊下の突き当たりある。  開いている筈はないけれど、取り敢えず校舎の入り口へ行ってみれば、重い鉄の扉には、やはり鍵がかかっていた。  肩で息をしながら、汗がこめかみから流れてくるのを、手の甲で拭う。  あとは、美術室の窓から中を覗いてみるしかない。  入り口が開いてないのだから、それも無駄かもしれないが。  ――無駄でも良い。  考えるよりも先に脚は走り出していた。入り口とは反対側。廊下の突き当たりの教室の窓へ。  美術室の窓に近付けば、白いカーテンが、一枚だけ開いている。  昨日は、帰る時に、確かに俺がカーテンを全部閉めた筈だった。  外から覗いても、ガラスが太陽に反射してよく見えないが……、中には誰も居ない。 「あ……っ」  でも、いつもはきちんとハンガーに掛けて帰る、鈴宮の使っていた白い制作着が、椅子に無造作に置かれているのが見えた。  俺は、もっとよく見ようと、思わず窓に手を突いていた。その拍子に、キィッ……と、小さな音を立てて僅かに窓が動く。  ――鍵が開いている……!

ともだちにシェアしよう!