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 ―― ESCAPE(49)

 ――まさか……。 「……考え過ぎだ」  そうだ、考え過ぎだ。鈴宮は絵を仕上げに行くと、メモに書いていたじゃないか。――それなのに、これが遺書のわけがない。 「とにかく探さないと」  絵を仕上げて、俺と入れ違いで、マンションに帰ったのかもしれない。  その時の為に、玄関に鍵もかけなかったし、留守電にもしてこなかった。  携帯を取り出して、自分の家に電話をする。  もしも部屋に帰っていたら、しつこく鳴らせば出てくれるかもしれない。留守電にしていたら、たぶん気にも留めず、聞きもしないだろうけど。  呼び出し音を聞きながら、俺は他の可能性も考えていた。  もしかしたら、鈴宮の家に帰ったかもしれない。  でも、それなら一言くらい言ってくれるんじゃないだろうか。  俺に言えない行き先だとしたら……   ――『僕を救ってくれるのは、凌しかいない……』  昨夜の鈴宮の言葉が過る。でもそれも違うと思う。  それなら、わざわざ絵を仕上げになど、来ないんじゃないかと思うから。  だけど、思い付く所には、とにかく連絡をした方がいいかもしれない。  呼び出し音を繰り返す携帯を一旦切って、アドレス帳から鈴宮の家の番号を探す。 「……どこにいる、鈴宮……」  携帯を操作しながら呟いて、ふと窓の外へ視線を廻らせた。  広い中庭を挟んだ南側の向こうの1号館は、校舎の中でも建てられた時期が一番古い。  中は、何度か改装工事を施されているが、外壁等はかなり傷んだ箇所も残っている。  危険なのでバリケードをして使用禁止になっているが、屋上へ続く螺旋の外階段も、古くて修復工事を必要とする箇所のひとつ。  ――見間違いだろうか。  今、その螺旋階段の屋上付近で、何か白いものがチラチラと動いたような気がした。  クローゼットの中に見当たらなかった、白いシャツ。  ――まさか?!  頭に過った考えに、全身が戦慄する。  飛び付くようにして窓を開け、目を凝らしてその一点へ視線を集中したけれど、もう何も見えない。  気のせい? 一瞬の出来事だったので、本当に見えたのかも確信はない。  人だったのかも分からない。目の錯覚で、鳥が飛んだのが、そう見えただけかもしれない。  だけど確かめなければ、この胸の騒つきは、止められそうにもなかった。  入ってきた窓を飛び越えて、1号館を目指して走る。  校舎に囲まれた中庭は、結構な広さがある。  昼休みになると、円形の花壇を中心に置いてあるベンチは、本を読んだり弁当を食べたりする生徒達でいつも賑わっている。  普段は、俺もゆったりと居心地の良いと思うこのスペースも、今の状況では、どうしてこんな無駄に広いんだと、腹立たしい。  その広い中庭を突っ切って、木々に囲まれた小道を走り抜けると、漸く1号館が見えてくる。  錆び付いた螺旋状の外階段の上り口には、俺の胸くらいまでの高さのあるバリケードがワイヤーで固定されていて、  赤い字で『危険、使用禁止』と書かれたプレートが貼り付けられていた。

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