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―― ESCAPE(50)
バリケードは高さはあるけれど、縦格子の手摺りは80センチ程度だ。手摺りの方からなら、楽に乗り越えることが出来てしまう。
吹き曝しの鉄階段は、あちこち錆び付いて、所々腐って破れたように穴が空いている。
役に立たないバリケードを一瞥して、こんな階段は早く修復なり撤去なりすればいいのにと思う。
踏み板の間や縦格子の手摺りの間から、強い風が不気味な音を立てながら渦のように吹き荒れて、支柱の周りをぐるぐると巻くように上っていく階段は頼りなくて、風に揺れているように感じる。
でも校舎の中には入れないのだから、この階段を上るしかない。
抜け落ちた部分に注意しながら、俺は屋上へと急いだ。さっき見たのが、鈴宮でないことを祈りながら。
カン、カン、と響く足音さえも、掻き消してしまう程の強い風の音。上りながら何度か「鈴宮くん!」と叫んだ声も、屋上まで届いているかどうか。
漸く屋上の入り口まで辿り着くと、そこにも薄いベニア板で作られたバリケードが行く手を阻んでいた。
下にいた時よりも、強く感じる風に後ろから吹き付けられて身体を押される。
風の音に混じって、屋上の手摺りに取り付けられている、背の高いフェンスの軋む音が聞こえてくる。
それは、強い風に揺らされているせいなのか、それとも……。
バリケードの上から覗き込んだ屋上は、手前に塔屋があるせいで全体を見渡す事は出来ない。
気持ちが焦る。
さっきからずっと、同じイメージが何度も頭の中に過っていた。フェンスをよじ登り、躊躇することなく手を離し、白いシャツを纏った華奢な身体が落ちていく光景が。
「……っ」
嫌な予感はますます高まり、動悸が激しく鳴り、呼吸も乱れ、バリケードに掛けた手が小刻みに震えてしまう。
俺はかぶりを振り、心臓を落ち着かせるために、大きく深呼吸をした。
――悪い方ばかりに考えては駄目だ。
バリケードによじ登りながら、「鈴宮くん!」と、何度も名前を呼ぶ。
目の前の塔屋の壁がそれを阻むように、叫んだ声が跳ね返って響く。
必死に、足掻くようにしてバリケードを越える時に、針金のようなものが腕の皮膚を引っ掻いても、痛みなど感じなかった。
「鈴宮くん!」
名前を呼びながら、塔屋の壁に沿うように走っていく。
漸く外壁の角を曲がり、高いフェンスに囲まれた屋上が視界に広がった。
「――あっ……」
俺の立っている位置から反対側の屋上の角。そこに見えた鈴宮の姿にギョッとして、身体中の血液が凍ったような気がした。
高さのあるフェンスの、ギリギリの位置まで登っている。
激しい風が渦巻くようにフェンスを揺らし、金属の擦れる音が不気味に響く。
着ている白いシャツが、パタパタと強い風になびいていて、それはさっきまで何度も繰り返し脳裏に浮かんだ光景と似ていた。
「鈴宮くん!」
俺の声が聞こえていないのか、聞こえないふりをしているのか。
鈴宮はフェンスに掴まっていた手を離して、ゆっくりと横に広げる。
「危ない!」
本当に落ちる気か。
そう思った瞬間に、昨夜、胸に閉じ込めたはずの想いが過る。
――俺はまだ、君にちゃんと伝えていない言葉がある。
走りながら、俺は声の限りに、彼の名前を叫んでいた。
「――伊織!」
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