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 ―― ESCAPE(51)

 ――『僕がいなくても寂しくないくせに』  君は、そう言って泣いたけど。  そんなことないよ、俺は君のことを……。  いつの間にか誰よりも大切な存在だと思っていた。……きっと、教師としてではなく。  だから、行くな。  君がいなくなるなんて。君の存在が消えてしまうなんて、もう会えなくなるなんて、――そう考えただけで、息ができなくなる。  堪らなく苦しくて、昨夜胸に閉じ込めた筈の想いを、叫ぶ。 「――愛してるからっ!」  俺の声に、鈴宮が反応したのが分かる。  だけど、おかしい。さっきから必死で走っているのに、彼の登っているフェンスまでなかなか辿り着けないような感覚がする。  鈴宮が、驚いた顔で、此方を振り向いたのに、柔らかな髪が、強い風になびいているのに、全部、スローモーションに思える。  その背中に、翼が生えているような錯覚がして、今にも飛んでしまいそうで、いくら手を伸ばしても、届かない気がしていた。 「どこにも行くな!」  ただ此処に留めておきたくて、俺は無我夢中でフェンスに飛び付いて、その華奢な身体を抱きしめる。  あの父親に想いを馳せて、抜け殻にならないように、魂ごと捕まえてしまいたかった。 「――あっ!」  確かに腕の中に閉じ込めたと思ったその瞬間、鈴宮が掴まっているフェンスごと、ガクンと目線が下へ落ちる。  ガシャンと、大きな音が聞こえて、身体が大きくぐらつく。  ――落ちるっ!  視界が回る。  濃い青の空を見ながら、腕の中で鈴宮が、俺にしっかりとしがみ付いているのを感じた。 「――っ……」  コンクリートの床に背中を打ち、一瞬声が出なかった。  鈴宮が登っていたフェンスを見れば、そこだけ内側に大きく傾いている。  本体を支柱に取り付けているボルトが、外れて下に落ちていた。  もしも向こう側に傾いていたらと思うと、ぞっとする。 「……鈴宮くん、大丈夫か?」  抱き締めたまま倒れて、鈴宮は、俺の胸に顔を埋めたまま、冷めた声で応えてくれた。 「……馬鹿じゃないの……、あんな勢いよく飛び付いたら、こうなるに決まってるじゃない」 「……そうだな」  なんだか……、いつもの口ぶりにホッとする。 「僕が……、飛び降りるとでも思ったわけ?」 「……うん。無事で良かった」 「……ホント馬鹿みたい」 「そうだな」  本当に無事で良かった……。  もう一度確かめる為に、腕の中の鈴宮を魂ごときつく抱きしめてみた。

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