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―― ESCAPE(54)
俺を見上げた瞳が瞬いて、僅かに驚きの色を浮かべている。
「行こう」
俺は、それだけ言って鈴宮の手を引いて歩き出す。裏門とは逆の方向へ。
鈴宮は、黙って従いてくる。
愛なんて、俺にだって説明出来ない。
考えるよりも先に、身体は動く。
――鈴宮が欲しい。
だけど、伝わって欲しい。君を心から想っていることを。
それはもしかしたら、鈴宮を束縛していたあの父親と、同じ想いなのかもしれなかった。
美術室の窓を開けて、鈴宮を先に教室に入らせて、その後に俺も続いた。
さっき、慌てていて閉め忘れたカーテンを、シャッと音を立たせて全て引く。
夏の暑い陽射しは、白いカーテンの生地を通過して、教室の中を淡く浮かび上がらせる。
「……先生……」
背後で不安げな声が、俺を呼んだ。
身体ごと振り向いて「おいで」と、手を差し出せば、鈴宮は戸惑いながらも、ゆっくりと歩み寄ってくる。
ふわりと腕を伸ばしてくる鈴宮の指先と触れ合った瞬間、俺はその手を強く握る。
もう片方の掌を鈴宮の後頭部に回し、素早く引き寄せて唇を重ね合わせると、窓を閉め切った美術室の温度が、自分の熱で一気に上昇したような錯覚がした。
細くて柔らかい髪を撫でながら桜色の唇を啄んで、僅かに離れたキスの合間に「愛してる」と言葉を注いで、深く唇を重ね直した。
口付けを交わしながら、お互いの視線が絡み合う。
至近距離で長い睫毛が、小刻みに震えていた。
「……ふっ……ッ……」
桜色の唇を割り入り、その舌を甘く絡め取れば、
鈴宮は頬を紅潮させながら、唇の隙間から乱れた呼気を漏らし、華奢な指が俺のシャツの裾をギュッと握る。
合わせる唇の角度を変えるたびに、お互いの距離が近付いていく。
俺は鈴宮の細い腰を抱き寄せて、鈴宮は俺の背中に腕を回した。
身体の奥に灯った火が、ゆっくりと広がっていく。
その行為は、まるで神聖な儀式のように思えた。
お互いの舌を溶け合うように絡め合わせ、水音が立ち始めると、腕の中で鈴宮の身体の力が抜けていくのを感じる。
漏れる吐息が、熱を持ち始めていた。
「……鈴宮……くん……」
唇を僅かに離してそう呼べば、鈴宮は瞳を揺らめかせながら応えた。
「……伊織って、言って――」
――さっき屋上で、呼んでくれたみたいに……。
「……伊織……」
さっき、鈴宮の名前を屋上で叫んだ時……。あれがきっと、自分の気持ちを確信した瞬間だった。
……俺は、君を愛している。
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