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―― ESCAPE(64)
「他に、どんな選択肢があるの」
そう言って、伊織は俺に目を合わせた。
「……それは……」
伊織の言う通りだ。 彼にはまだ保護者が必要で、鈴宮の家であの父親と暮らすよりは……、岬の家に引き取られる方が良いと思う。
高校に通って、出来れば将来の進む道を見つけて進学し、そして社会に出て……、色んな人と出会って、色んなことを経験してほしい。
伊織が鈴宮の家に戻るという選択をしたら、俺は止めなければいけないだろう。
だけど俺は、この岬一哉という人物を、詳しく知っているわけではない。
伊織とは血の繋がった肉親だという事以外は、何も知らない。
正直に言えば、俺は……、心の奥では迷って揺れている。
このまま、伊織をこの人の所へ行かせていいのか。
……いや、それは、建前かもしれない。
本当は、俺が……行かせたくないんだ。 出来ればこのまま此処で一緒に暮らせたら……なんて、考えてる。
ずっと俺の手の届く範囲で、伊織を置いておきたいと思っている。
だけど、それでは……、伊織を束縛していた、あの父親と変わらないような気がしていた。
「あの……岬さん、失礼を承知で、ひとつだけ伺ってもよろしいでしょうか」
鈴宮さんが言った通り、俺は部外者なのかもしれない。
だけどこれだけは、確かめておきたかった。
伊織が、また同じ道を戻ってしまわないように。
伊織を見詰めていたその人は、俺の問いかけに、ゆっくりと此方へ視線を移した。
「……はい」
「ずっと存在すら知らなかった伊織くんのことを、本当に自分の息子として愛せますか」
「……前にも同じような事を、君に訊かれたね」
そう言って微笑みながら、岬さんは伊織を愛おしそうに見詰め、また此方へ視線を戻した。
「貴方の言う通り、自分に息子がいるなんてずっと知らなかった。本当に存在を知らないでいた日々が悔やまれます。でも生まれてきてくれたこと、こうして出会えたことを、心から幸せに思っています。今迄知らなかった分もこれから先もずっと、何が起こってもこの子を守りたい、父親として……」
そこまで言うと、岬さんは言葉を区切り、伊織を見詰めて笑みを零し、言葉を続けた。
「……その前に、まず君に信頼して貰えるように、僕はもっと頑張らないといけないね」
ああ……今この人が言ったことに嘘はない。この人ならきっと、無償の愛で伊織を愛してくれる。……俺はそう直感した。
だけど俺は、最後に敢えて言い難い言葉を、岬さんに投げつけた。
「……伊織くんは……失くした恋人の代わり……、じゃないですよ」
そう言った瞬間に、岬さんの穏やかで優しい眼差しの奥に強い光が煌いた。
「伊織……は、僕とこの子の母親……沙織のかけがえのない宝物です。大切な命なのです。沙織への愛と伊織への愛は違います。どちらも代わりなど有りはしない」
柔らかい声だけど、その言葉は強い。そして大きくて暖かい。
今の俺では、この人の伊織を包む愛情には、きっと敵わない。
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