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 ―― 至愛(4)

 ――――  ――  窓の外の景色は僕の生まれ育った街から離れ、車は海沿いの高速道路に入っていく。  やがて見慣れない景色が流れ始め……、それで漸く目頭が熱くなってくる。 「……伊織?」  隣に座っている僕と血の繋がっているという父親が、心配そうに顔を覗き込んでくる。  ――『……本当は、一番大切に思っていらっしゃるんですよ』――  本当に僕は……  ただ、父さんの大切なものになりたかった……。  一番大切な……、ずっと…… 永遠に父さんの子供でいたかったんだ。 「伊織……、電車なら二時間ほどだし、いつでも帰って来れるよ。言ってくれれば車で送ってあげることもできるから」  ――帰って来れるよ……  そんな風に気遣ってくれる言葉に……、  そっと抱き寄せてくれる優しい手に……、  堪えていた涙が、溢れてしまう。 「ねえ伊織、僕たちは、これからいっぱい色んな話をしよう」  溢れた涙を、暖かい指先が拭ってくれる。 「僕は、一緒に過ごせたのは短かったけれど、君が生まれる前の沙織のことを話してあげる事が出来るし、君は、君が憶えている沙織のことを僕に聞かせてほしい」  優しい手が、そっと頭を撫でてくれる。 「それ以外にも、もっといろんな話をしよう。君の好きなこととか、僕の好きなこと、苦手なことや、嫌いなことも」 「でも僕は、貴方のことを、これからも父親だとは、思えないかもしれないよ」  先のことは、誰にも分からない。 「それでいいよ。前にもそう言っただろう?」  ――時々、おじさんの話に付き合ってもらえると嬉しいんだけど……。  ――別に、構わないけど。  あの時と、同じような会話をして、同じように、彼は嬉しそうに僕をギュッと抱きしめた。  あの時と少しだけ違うのは……、嘘じゃないと信じることのできる暖かい想いが心に沁みてくること。  ――まずは相手を想い、歩み寄らないと、何も始まらない。  ……そうだね……先生。  それはきっと、恋愛だけじゃなく、人との繋がりの全てにおいて言えることなのかな。  相手を信じて歩み寄るから、こんな風に想いが伝わってくるのかな。  中学の頃、仲の良かった友達。    名前も憶えていないあの男。  いつも一緒に居てくれた凌と隆司。  それから、慎矢と藤野先生と。  遠ざかっていく過去に、胸が締め付けられるのに、  心は、こんなに暖かい。

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