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 ―― 至愛(8)

「……あ……」  背中を抱きしめていた手が、滑るように腰をなぞり、ゾクゾクした甘い痺れが背筋を駆け抜ける。  身体中に広がりそうになる快感を逃がすように、僕は身を捩った。 「……ダメ……ッ、ん……」  だけど教授は、逃げを打つ僕の腰を引き寄せながら、抵抗しようとした声をキスで塞ぎ、閉じた唇をこじ開けるように舌が挿し込んでくる。   「……んぅ……ッ……」  ……駄目……と、頭の中で浮かぶ弱い抵抗は、熱を持った舌に流されそうになる。  シャツの裾から滑るように入ってきた教授の手に直接肌を撫でられて、腰の奥が熱く疼いた。  重ね合ったお互いの身体の間で、教授の中心が僕を求めて熱く硬く主張しているのを感じる。 「……だ……め……」  なんとか唇を僅かに離して訴えようとしたけれど、声に甘い吐息が混じってしまい、全く効果が無い。 「伊織……」  教授は唇を耳元に寄せて、僕の名前を囁く。  そんな風に名前を呼んでくれる、教授の声が好き……。  教授と学生の関係を崩さずにいた去年までは、教授は僕のことを『岬くん』と呼んでいた。  初めてこの部屋で抱いてくれたあの日、教授は僕のことを『潤……』と、無意識に何度も呼んでいた。  それでも良いと思っていたけれど。  だけど今は、僕を『伊織』と呼んでくれる教授が好き。 「どうして駄目なんだ?」  身体を反転させられて視界が回り、古いけれど美しい天然杢目の天井が、教授の綺麗な顔の向こうに見えた。 「……だって……、も……」  自分から訊いてきたくせに、応えようとする僕の声は、またキスで遮られてしまう。 「……ん……ッふ……ぅ……」  深く口づけて、咥内の僕の好い処を撫でる舌先に、脆い理性は崩れて官能を引き摺り出されてしまう。  身体の奥に火が灯り、頭がくらくらする。  僕の咥内を翻弄しながら、教授はあの繊細な指先で僕のシャツのボタンを外していった。  唇が離れて、首筋から肌蹴た胸へと熱い舌が這う。 「……ああっ、駄目……、もう時間が無いから……」  出掛ける時間が迫っていることを伝えようと、教授の黒髪に指を挿し入れて、弱々しく最後の抵抗を試みた。 「時間なら、まだあるだろう?」  教授は、枕元に置いた時計で時間を確認しながら、僕の胸の尖りを指の腹で転がした。 「――あ……ッ」  背中を甘い快感が、駆け抜ける。 「……藤野先生の家に行く前に、行きたい所がある……ッ……ん」  僕の弱々しい抵抗なんて、手首をシーツに縫い止められ、胸の先に舌が這うと、敢え無く流されてしまう。 「何処に?」 「僕の……、生まれ育った……、家……だよ」 「ああ、そうか……そうだね。行っておいで」  僕が、あの家に行きたい理由は、教授にはもう話してある。  なのに、行っておいでと言いながら、教授はこの行為を途中で止めるつもりは無いらしい。  ベルトを緩め、ズボンをずらされてしまう。  教授は身体を起こして、情欲に濡れた漆黒の瞳で僕を見下ろしながら、上衣を脱ぎ捨てた。  美しく引き締まった身体から、僕は目を離すことが出来なくなってしまう。  教授の両手が、僕の脚の付け根から内腿を這い、閉じた膝を割る。  時間の計算は頭の中でする。最初から余裕があったから、少しくらい大丈夫。  熱くなった僕の身体も、教授を欲しがっていた。

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