318 / 330

 ―― 至愛(9)

   好きな人と想いが通じ合うって、こんなに幸せなことだったんだね。  あんなにいつも、何かが足りなくて、あんなにいつも渇いていたのに。  愛って、どんな快楽よりも満たされる。 「あっ……っ」  トロリとしたローションで充分に濡らされた窄まりに、教授の熱い切っ先が宛がわれただけで、吐息が漏れてしまう。  先端が潜り込み、身体の中を教授の形に押し広げられていく感触がすごく好き。  教授の唇からも、微かに吐息が落ちてきた。 「ああっ……あぁっ」  一気に奥まで熱い杭に貫かれて、堪らずに嬌声を上げ、教授の背中に回した手に力が入ってしまう。  少し開いたままだった障子の隙間から、そよ風が桜の花弁を運んでシーツの上に落とした。  ――ああ……、広縁の窓を開け放したままだったな……って、ちらっと思う。  高い塀があるから見えないと思うけど、もしかしたら僕の声が、家の前の道まで聞こえてしまったかもしれないな。 「……ふふっ……」  思わず口元を緩めてしまった僕に、教授が艶然と微笑んだ。 「……思い出し笑いかい?」  荒い息を吐きながら、優しい瞳が僕を見下ろしている。 「……ん……、世界中の人に先生のことを自慢したいな……って……、ん……」  そこまで言った僕の唇は熱いキスで塞がれて、律動が激しくなっていく。  乱れたシーツの間に、桜の花弁が見え隠れしていた。  奥深くに教授を感じて、放たれる熱い飛沫が僕の身体も心も満たしていく。  恋人と、まるで溶け合うようにひとつになれる、この瞬間が好き。  * 「伊織、時間が無いんだろう? 早く支度をしなさい」  ――誰のせいだと思っているの。  そう思うけど、そんな風に言ってくれるのも好きだった。 「……うーん、なんか面倒になってきた……。やっぱり行くのやめようかな……」  そんなつもりも無いくせに、僕は枕に顔を埋めて、ワザと子供みたいに言ってみせる。 「何言ってるんだ。藤野先生や慎矢くんにも折角会えるのに……、ほら、起きなさい」  頭から被った布団を剥ぎ取られて、唇を甘く啄ばまれる。  ああ……、やっぱり今日は、ずっとこのままここで過ごしたいなんて、思ってしまう。 「あ、先生、お昼の支度はしてあるんですけど、夕飯はどうしますか?」  漸く起き上がり、衣服を整えながらそう言うと、優しい掌が頭を撫でてくれる。 「俺の食事の心配はいいよ、ちゃんと食べるから」 「本当ですよ。でも、なるべく早く帰りますね」  一人暮らしが長い教授は、家事だって何でも出来るんだけど、制作に没頭すると、食事なんて平気で抜いてしまう時があるから、心配なんだ。 「いいから、ゆっくりしておいで」  そう言って、綺麗な指が僕の顎をそっと捕らえて、唇が重なった。  優しい口づけをひとつくれて、漆黒の瞳が僕を映し出す。 「そうだ、桜が咲いているうちに、何処か一泊くらいで旅行に行こうか」 「え?」  そういえば、二人で何処かに旅行になんて、まだ行ったことがなかった。 「嫌かい?」  教授からの嬉しい提案に、僕が反対するはずもない。 「嫌な訳ないじゃないですか。嬉しい……、行きたいです!」  すごく嬉しくて、思わず教授の首に抱き付いてしまった。  ああ、こんなに幸せでいいのかな。  幸せ過ぎて怖いって、よく言うけど、それってこんな時のことを言うんだろうか……、なんて思ってしまう。 「じゃあ、何処に行くか考えておくから、伊織も考えておくんだよ」  ――いいね?   と、続けながら、教授は、また僕の唇を甘く啄むように口付けをくれた。

ともだちにシェアしよう!