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―― 桜の頃(2)
――え?
その時、電車がまた大きく揺れて、男の手元が人の影に隠れて見えなくなる。
今、確かに見えていたのは、制服のズボンだった。
俺と同じ学校の制服の。
――男……なのか?
俺は、目線を上げて、さっきのスーツの男を探す。
黒いストライプのスーツを着た男は、長身で頭ひとつ出ていて、すぐに見つけることができた。
中年のおっさんだとばかり思っていたら、眼鏡をかけたインテリ風の20代後半か、30そこそこの男。
澄ました顔をしているけれど、視線はすぐ下の柔らかいナチュラルな栗色の髪を見下ろしていた。
車輪の軋む音と共に電車がカーブを抜けるその瞬間、大きく揺れる人波の隙間から栗色の髪の持ち主の顔が見えた。
――やっぱり、女?
と、見間違うほど、透き通るような白い肌。
長い睫毛が、射し込む光を受けて瞬いた。
薄い桜色の唇から漏れる呼気で、車窓が曇っている。
だけど、着ているブレザーは、俺と同じ男子校の制服だった。
そのまま目線を下げていくと、見たくもないモノが、乗客の隙間から見えてしまう。
スーツの男が、いつの間にか自分の猛ったグロテスクなモノを取り出していた。
――ちっ、マジかよ!
男は、制服のブレザーの裾から、それを潜り込ませて小さな臀部に押し付けている。電車の揺れとは違うテンポで不自然に身体を揺らしながら。
暫くすると、俺と同じ制服のズボンが少しずり下ろされて、白い肌がチラリと見えた。
助けるつもりなんて、まったく無かった。
ただ、目の前で繰り広げられている光景が鬱陶しくて、迷惑なだけだ。
こいつが、少しでも嫌がる素振りを見せたなら、考えなくもないけれど、男にされるがまま、抵抗すらしない奴のことなんか知るもんか。
そう思っていたのに。
男は、そいつの華奢な腰に腕を回し、グイッと身体を密着させた。
車窓にくっつけていた額が離れ、白い喉を反らせて、桜色の唇が僅かに開くのが見えた。
すぐ側にある手摺りを強く握る細い指。
逃れようとしているのか、微かに身を捩り、後ろの男を見ようとする虚ろな眼差しと、目が合った気がしたんだ。
「――おいっ!」
気が付けば、俺は声を上げて席から立ち上がり、満員の人波を掻き分けて、そのドアの前へと足を進めていた。
「凌?!」
後ろから、突然の俺の行動に驚いた隆司の声が追いかけてくるのにも応えずに、俺はスーツの男の肩を掴んだ。
「何やってんだよ、変態!」
「――なっ?」
男が怯んだ隙を突き、掴んだ肩を強く引いて、そいつの身体から引き剥がしてやる。
制服のブレザーの裾から、出てきた男のモノは、ぬめりのある液体に濡れ光っていた。
「早くしまえよ、ソレ」
電車は、鉄橋を渡り始めていた。
川を渡り終えれば、すぐ駅だ。
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