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(03) もしかして、ジェラシー?
隆之介は、データの打ち込みが終ったプリントを机の上に置いた。
うーん、と伸びをして肩の凝りをほぐす。
「さて、午後は会社に持っていこうかな……」
その時、スマホに着信が有った。
スマホの画面を確認すると後輩の木原からだった。
『隆之介先輩、書類出来ていたら、オレついでに会社に持っていきましょうか?』
『ありがとう、木原君。でも、大丈夫。自分で持っていくから』
『いえ、いいっすよ。オレもう先輩の家の近くですから。カフェボーノのテイクアウトもついでに買っていきますよ』
『……本当に? じゃあ、お願い』
『隆之介先輩、ホットラテでいいすよね? 待っててください!』
***
亜紀人は驚きの表情で言った。
「ななな、なんだ木原って野郎は! 初めて聞く名前だな、おい! で、なんで、気安く家に呼んでいるんだよ!」
「ああ、木原君は同じ部署の後輩の男の子でね、新人なのに仕事が凄くできるんだ! たまにボクの仕事も手伝ってくれるとっても優しい後輩」
「ちっ、後輩かよ……てか、後輩だからって簡単に家に呼ぶなんて……」
「だって、カフェボーノのラテをテイクアウトしてくれるって……カフェボーノって凄く美味しいんだよ。イケメンの人がコーヒーを淹れてくれるし」
「たはぁ……お前なぁ、物につられるなよ! そのカフェなんたらのテイクアウトだって、してほしかったら俺に言え! 俺が届けてやる。いいか、俺以外は信用するな、わかったな!」
亜紀人は、ビシっと指をさした。
「ふふふ」
「何笑っているんだよ……隆之介」
亜紀人は首を傾げた。
隆之介は、勝ち誇った顔で言った。
「だって、あっ君ってさ、可愛いなぁって。もしかして、ジェラシー?」
「は、はぁ? ふ、ふざけんな! んな訳あるかよ!」
亜紀人はうっすら頬を赤らめた。
それを見た隆之介は、嬉しくて、にこにこが止まらない。
「隆之介! お前、いつまでにやにやしているんだよ! ほら、続きを話せよ。で、そいつがどうしたんだ!」
亜紀人は、捲し立てるように言った。
(可愛い、照れているんだ……あっ君)
隆之介は、そんな亜紀人の顔をずっと眺めていたかったが、これ以上は怒りそうだ、と察して続きを話し始めた。
「それでね……」
***
しばらくして玄関の呼び鈴が鳴った。
「こんちわっす! 木原です!」
隆之介は、玄関の扉を開けた。
そこには、サイクルジャージ姿の木原の姿があった。
木原 圭吾 は、スラっとした体格で、短髪の好青年である。
根っからの明るい性格で、職場の盛り上げ役。
にっと笑うと、白い歯がこぼれる。
職場の女性メンバーからは、可愛い新人として好感度抜群。
もちろん、男性メンバーからもいじられ役として重宝されている。
そんな木原は、相当急いで来たのか、はぁ、はぁ、と息を切らしながら、手にしたカフェボーノの紙袋を、すっと隆之介の前に差し出した。
「これ、テイクアウトしてきました!」
「ありがとう、木原君。あー、ラテ代払うから待ってて!」
隆之介が財布を取りに部屋に戻ろうとしていたところ、木原は隆之介の背中に声を掛けた。
「あの、隆之介先輩!……オレ、ちょっと休まさせてもらっていいっすか? 自転車かっ飛ばして来たんで少し休憩したくて……」
「……えっと」
そう言われたのでは、無下にダメともいう事もできない。
隆之介は、
「……じゃあ、どうぞ」
と、木原を部屋に上げた。
ソファに座りラテを楽しむ隆之介と木原。
隆之介は、ラテのカップから口を離し、ふぅ、と一息付く。
「……美味しいね、カフェボーノのラテ」
「ええ、そうですね……」
木原は、アイスラテを、既にぐびぐびっと飲み干していた。
ふと、木原は、隆之介の方を見ながら言った。
「あの、隆之介先輩?」
「なに?」
「口の周り、泡付いてますよ」
「え? ほんと?」
隆之介は慌てて口を拭こうとした。
木原は、首を振ってそれを制する。
「じっとしててください……オレが拭きます」
「……うん」
ナプキンで丁寧にふき取っていく。
真剣な表情の木原。
顔が近い。
隆之介は少し恥ずかしくなって目を逸らした。
「もういい?」
隆之介がそう聞いた瞬間、木原は突然、ガバッと隆之介に抱き着いた。
「隆之介先輩!」
胸の当たりに顔を埋める。
「ど、どうしたの? 木原君。突然」
隆之介は驚いて問いかけた。
しばらくの間、木原は無言のままそうしていた。
やがて、嗚咽のような声が聞こえ、隆之介はこれはただ事じゃない、と察した。
木原は口を開いた。
「隆之介先輩……オレ、ひとりぼっちで寂しくて……うっ、ううう……」
すすり泣く木原。
隆之介は黙って聞いて上げている。
「……オレ、田舎から出てきて、こっちじゃ頼れる人もそんなにいないし……うっ、ううう……」
隆之介は、堪らずに木原の背中に手を回しギュッとハグした。
「分かるよ、木原君。そうだよね……リモートワークだと一人暮らしは寂しいよね」
「はい。でも、こうやって先輩の胸の中にいると凄く落着きます……」
「ふふふ……木原君は甘えん坊だなぁ。よしよし」
隆之介は、木原の頭を優しく撫でてやった。
木原は、顔を見上げる。
「すみません……隆之介先輩、オレ、先輩に不躾なお願いをしてもいいですか?」
「ん? なに? 話してみて」
「……そ、その。吸わせてください」
隆之介は、ハテナ顔になった。
「吸わせるって、何を?」
「……おっぱい」
隆之介は、固まった。
おっぱい? おっぱいってなんだ? 吸う? ん?
そして、ようやく木原の意図を汲み取り、叫んだ。
「おっぱいって、木原君、ボクは男だよ?」
「ええ、そんな事は分かっています。ただ、隆之介先輩って、お母さんみたいだから……」
純粋な少年のような眼差し。
隆之介は、何故か胸がキュンとした。
それで、隆之介は、そっか、と頷き言った。
「木原君、そんなに寂しかったんだね……しょうがないな。少しだけならいいよ」
「ほ、ほんとっすか! やった!」
パッと晴れやかな笑顔。
それは、プレゼントを貰った時の無垢な子供の反応そのものだった。
****
そこまで聞いて、亜紀人は、またしても声を荒げた。
「まてい! お、お前、何をやっているんだよ! おっぱいって!」
「だって……凄く可哀そうだったから」
亜紀人は、興奮で、はぁ、はぁ、と息絶え絶えになっている。
「だからって、木原ってのは子供じゃねぇだろ? 下心丸出しじゃねぇかよ!」
「……でも」
「でもも、くそもねぇ! そ、その後はどうなったんだよ!」
「その後って? 別に、ずっとおっぱいしゃぶっていただけだったよ……木原君、赤ちゃんみたいに」
「赤ちゃんみたいに? そ、そっか……」
亜紀人は、気が抜けたようにソファに落ち着いた。
「まぁ、とりあえず変なことにはならなくてよかった……って、よくねぇ! 隆之介はお人よしにも程があるだろ! まったく、お前ってやつは!」
「ボク悪くないもん!」
「なんだと!?」
じろっと隆之介を睨む。
しかし、隆之介も負けてない。
後輩のメンタルケアができた、という先輩らしい行為に満足している。
「ボクでも人の役に立てたんだ! 嬉しかったもん! そ、その……ちょっと気持ち良かったし……」
「き、気持ちよかっただと!?」
隆之介は、カーッと頭に血が上り顔を真っ赤にさせた。
「く、くそ! 木原の野郎! ぶち殺す!」
息巻く亜紀人に、隆之介はモジモジしながら質問した。
「……ねぇ、あっ君。そ、その、あっ君も寂しかったらおっぱい吸いたくなる?」
「はっ? 子供じゃあるまいし……そんな事あるかよ」
「そうだよね……変な事を聞いてごめんね……」
隆之介は、少し悲しい顔でまたしてもしゅんとした。
****
カタカタカタ……。
食器がなる音。
亜紀人の貧乏揺すりが止まらない。
結局、今日の話を聞いて、心配事がますます増えてしまったのだ。
亜紀人は、話を切り出した。
「なぁ、隆之介。俺はな、お前の事が心配でならない。お前は、誰にでも優しい。それで、みんな勘違いをしてしまうんだよ。わかるか?」
「……ねぇ、あっ君は、勘違いしないの?」
「へ?」
隆之介の切り返しに、亜紀人は呆気に取られた。
隆之介は、手を前に出して懸命に振る。
「あっ、あーっ! 何でもない! 何でもない! それより、あっ君は、どうして、ボクの事をそんなに心配してくれるの?」
「そ、そんなの、当たり前だ! だって、俺とお前は……」
「……う、うん! あっ君とボクは!?」
「親友だろ?」
隆之介は、ガクッと肩を落とした。
そして、寂しそうに呟いた。
「……そうだね、親友だね……」
「何をがっかりしているんだよ、隆之介。で、お前の悩み事のことだが……」
亜紀人の言葉を遮って隆之介は言った。
いつになく声が張っている。
「ねぇ、あっ君。ぼ、ボクの家に来てよ! それで、実際にボクのを見てほしい!」
「え!?」
「だ、だめかな?」
上目遣いに亜紀人の顔を覗き込む。
どうしようかと考え込む顔。
隆之介は、小さな拳を作って、膝の上でぎゅっと握る。
(お願い……あっ君、ボクの家に来て……)
その願いは届けられた。
亜紀人は、照れた顔を頭をポリポリ掻いた。
「……だ、だめな事なんか無いけど……まぁ、いいか。治せるかは分からんが見てやるよ。親友同士だ。その位、恥ずかしくもねぇしな」
「ありがとう……あっ君! やった!」
「そんなに嬉しいか?」
「うん!」
隆之介は、手を叩いて喜んだ。
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