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(05) なぜやめちゃうの?
隆之介は有頂天だった。
(あっ君と一緒になれる! ボクは、あっ君と結ばれるんだ!)
それは、隆之介がずっと望んでいたこと。
(あっ君だって、きっとボクの事を好きなはず。でも、ちっともボクに手を付けてくれない。すごい奥手……どうしたら恋人になれるのだろう……)
ずっと悩んでいた。
事あるごとに、それなりにモーションを掛ける。
しかし、決まって空振り。
何の手ごたえもない。
ちょっとやそっとの働きかけでは、亜紀人には届かないのだ。
(……ヤキモキしていたけど、ついに、ついに! ボクの作戦勝ち! やったね!)
実は、隆之介はもともとアナニーでしか勃起できないのだ。
悩みを打ち明け、家に呼び、アナルに興味を持ってもらう。
そのすべてが作戦だった。
ただ、亜紀人が男同士のエッチに踏み切ってくれるかどうかは、隆之介にとって大きな賭けであった。
(今日は、ボクの誕生日。誕生日に好きな人と初めてのエッチ……むふふふ。あっ君、好き、好き、大好き!)
そんな風に、幸せの絶頂の隆之介だったのだが……。
それは突然だった。
亜紀人は、むくっと立ち上がって身なりを整え始めたのだ。
「隆之介、治ったんだから、俺は帰るよ……」
隆之介は、急変した亜紀人の態度に驚きを隠せない。
冷静で落ち着いた表情。
先ほどの亜紀人とは別人のよう。
「ど、どうしたの? あっ君。なぜやめちゃうの?」
「だめだよ、隆之介……こんな事をしちゃ……」
優しく諭すように言った。
隆之介は反論する。
「ダメな事なんてない!……あっ君とならいいの!」
亜紀人は、首を横に振った。
「なぁ、隆之介。教えてくれ! 親友同士がこんな事をしていいのか?」
「え……」
それは思ってもみない問いかけだった。
(親友?……どうしてそんな関係にこだわるの? ボクはあっ君の事が好きなんだ。ボクはあっ君と恋人になりたい!)
そう思ったが、すぐには言葉が出なかった。
亜紀人は、怖い顔で怒鳴る。
「いいか? これじゃ、まるで……お前にセクハラをする会社の奴らと同じじゃないか?」
「ちがう……ちがうよ、あっ君」
「どこが違うんだよ! 隆之介、お前だって、俺を試すような誘い方をして!」
「……え?」
「なんで、こんな事をするんだ? 俺達、親友じゃないのかよ!」
隆之介は、急に悲しくなった。
そして、目に涙が溢れるのが分かった。
亜紀人を怒らせてしまった。
それに気が付いたからだ。
「うっ……ううう、ごめんなさい。ごめんなさい」
隆之介は、泣きながら謝った。
しかし、亜紀人は、
「隆之介、親友を止めたいのか?」
と、静かな声で尋ねてきた。
隆之介は、冷静さを失い喚いた。
「……ボク、分からない……分からないよ……ごめんなさい。許して、あっ君」
「……そうか……お前の気持ちは分かったよ……俺は帰るよ」
亜紀人は、振り向いて玄関に足を向けた。
「あっ君、待って! いかないで!」
隆之介は、追いすがるように、手を差し出す。
しかし、それは届かなかった。
「……こいつは、お前に渡そうとしていたものだ。置いていく。じゃあな……」
亜紀人は、小さな包を床にそっと置くと、玄関の扉を開けて出て行った。
(どうして……どうして、こうなるの? あっ君、あっ君……)
****
隆之介は、しばらくの間、声を出して泣いていた。
亜紀人との思い出が頭の中を駆け巡る。
その中で、ひと際、亜紀人の優しさが光り輝いた。
(あっ君の優しさ……それを一番最初に感じたのは、忘れもしない出会ってすぐに海に行った時……)
それは、大学に入ってすぐのゴールデンウィーク。
海を見に行きたい、って言ったら亜紀人はすぐに行こうって言ってくれた。
隆之介が自己紹介で、海の無い県出身って言った事を覚えていてくれたのだ。
「すごい! 海きれいだね、あっ君! とっても、気持ちいい!」
「ああ、隆之介。でも、寒くないか?」
「うん、大丈夫だよ……」
それは、隆之介のやせ我慢。
5月とはいえまだまだ海風は冷たい。
隆之介は、少しでも暖を取ろうと、自分の両肩を自分を抱きしめた。
しかし、ぶるぶるっと体を震わせる。
その時、ぽわっと、温かいものが体を包んだ。
「え?」
肩には、亜紀人が着ていたパーカーが掛かっていた。
振り向くと、亜紀人が腕組みをして睨んでいる。
「バカ、寒いときは寒いと言えよ。風邪ひくだろ?」
温かい……。
あっ君の温もり。そして、あっ君の匂い……。
隆之介は、思わずそのパーカーにくるまり、亜紀人を感じようとした。
(あっ君に抱かれるとこんな感じなのかな?……気持ちいいな……)
「まったく、隆之介はそんな薄着で来て。海がいつでも熱いなんて思うなよな……」
ぶつくさ文句を言う亜紀人だが、隆之介が一言、ありがとう、と礼を言うと、顔を赤らめながら、
「……んなの、当たり前だ。俺は寒さに強いからな!」
と、ぶっきらぼうに答えた。
その、ぷいっとそっぽを向いた横顔は、どんなイケメンアイドルよりもカッコよく映った。
……トクン。
(あっ君って、なんて優しいんだろう……ボク、好きになっちゃいそう)
隆之介は、その何とも言えない胸のトキメキを心地よく感じていた。
大学のキャンパスでは一緒に授業を受けたり学食でだべったり、サークルでキャンプや飲み会に行ったり、それはいつも一緒にいた。
亜紀人は、常に隆之介を気に掛け、何かあればすぐに助けの手を差し伸べる。
その優しさこそが、自分に向けられた愛、と感じたのに他ならない。
(でも、一番、優しいと思ったのは、あの時かな……)
隆之介は、回想する。
それは、初めての二人で海外旅行に行った時の事。
夜の屋台巡りにくり出した二人。
そこは大変な賑わいで、地元の人、旅行者問わず大勢でごった返していた。
「バカ、隆之介! 俺から離れるなって! 迷子になるだろ!」
「ふふふ、大丈夫だよ。あっ君、ねぇ、あっちの屋台に行ってみようよ! ガイドブックに載っていたスイーツのお店あるかも! きっと、いつものファミレスのデザートメニューより美味しいよ!」
「いつものファミレス? そりゃ、そうだろ……って、隆之介、お前の胃袋はどうなっているんだ?」
「いいの! 甘いものは別腹! ふふふ」
「しかたないなぁ……まぁ、隆之介が楽しいのならそれでいいか……って、また、ひとりで歩きまわるなよ! どこへいった、隆之介!」
隆之介は、楽しくて、嬉しくて、ちょろちょろ動きまわる。
亜紀人と二人っきりで旅行。
そして、海外とくればいつもに増して開放的になるのは当然の事。
「……ねぇ、あっ君。このスイーツだけど、テイクアウトもしてホテルで……あれ?」
隆之介は、いつの間にか迷子になってしまっていた。
亜紀人と連絡を取ろうと、すっと、ポケットからスマホを取り出す。
隆之介は、えっ、と驚いた。
(うそでしょ! スマホ充電切れって……そんな……)
パスポートやカード、ホテルの鍵、小銭、それらすべて大事なものはすべて亜紀人に預けっきり。
「あっ君! あっ君、どこ!」
亜紀人を探そうと、来た道を引き返すが、姿が見えない。
足が棒になるまで歩き続け、ついにはへとへとになり座りこんだ。
「……うっ、ううう。あっ君、どこ……」
隆之介は泣き出した。
もう警察を頼るしかない。と思い、歩きだそうとして、背中をぽん、と誰かに叩かれた。
振り向くと、それは息を切らした亜紀人だった。
怖い顔をして睨んでいる。
隆之介は、頭を下げた。
「あっ君! あっ君、ごめんなさい!」
「馬鹿垂れ! だから、言っただろ。俺から離れるなって!! どれだけ探したか分かっているのかよ!!」
凄い剣幕。
隆之介は手首を抑えられ、そして亜紀人が手を振り上げるのが目に入った。
ぶたれる……。
それは当然。いい歳して迷子になっておおいに迷惑をかけた。
亜紀人の気持ちになれば、そのくらい怒って当然。
隆之介は、覚悟を決めて目をつぶった。
その瞬間……。
「……もう、俺から離れるなよ。いいな、隆之介。俺に心配かけさせないでくれ……」
背中に手を回しギュッと抱きしめられ、耳にはそう亜紀人の声が入った。
少し震えた声。
その時、亜紀人が自分の事をどんなに心配してくれたのか、分かった。
涙がブワッと溢れる。
「……はい。ご、ごめんなさい……あっ君」
「泣くなよ……もういいよ、無事だったんだから……」
隆之介は、それでも涙が止まらない。
「うっ……うううっ」
「なぁ、隆之介。そういえば、お前の言っていたスイーツの店。見つけたぞ。ほら、いくぞ!」
亜紀人は、そう明るく言うと、隆之介の手をギュッと握り締め引っ張った。
そんな亜紀人のさりげない気遣いに、隆之介の涙は、いつの間にか嬉し涙に変わっていた。
****
(あっ君は、いつもボクに優しかった。そして、ボクの楽しい思い出はすべてあっ君と一緒。あっ君がいない世界なんて考えられない。それになのに、ボクは、大事なあっ君を怒らせてしまった……)
再び、涙が込み上げてきたところで、ふと、亜紀人が置いていった小さな包が目に入った。
「……これは、なんだろう……」
拾い上げると、一枚の手紙がひらりと落ちた。
隆之介は、その手紙を拾い上げた。
そこには、こう記されていた。
ーーー
誕生日おめでとう、隆之介!
お前とずっと一緒に時を刻んでいきたい。
だから、これを選んだよ。喜んでくれるかな?
隆之介の親友。亜紀人
ーーー
慌てて包をやぶるとそこには腕時計が入っていた。
胸に熱いものが突き刺さる。
『親友』
それは、さっきまで確かにそこにあったもの。
今は、失われてしまったもの。
「あっ君、ごめんなさい……ボクは、親友の絆を台無しにしてしまった。あっ君に、やましい気持ちを持ってしまったから。ごめんなさい、あっ君……うっ、ううう」
再び涙が溢れてくる。
自分はなんて欲望にまみれて薄汚いのだろう。
自分が愛を求めるように、相手も愛を求めていると、勝手に信じ込んでいた。
一方的な期待。うぬぼれ。そして、身勝手な振る舞い。
それに比べ、亜紀人はなんて純粋で美しいのだろう。
親友という、互いを尊敬する関係でいたい。
ただただ、それを願っていたのだ。
親友のままでいいじゃないか。
好きな人が側にずっといてくれる。
それが幸せじゃないのか?
そう亜紀人が問いかけているようだった。
隆之介は顔を上げた。
「まだ間に合うかも知れない!」
隆之介は、家を飛び出した。
****
隆之介には、確信の様なものが有った。
きっとあそこに行けば亜紀人に会える。
そこは二人にとって特別な場所。
学生時代から今まで一番長く一緒に過ごした、いつものファミレス。
隆之介は、扉を開けて中に駆け込んだ。
先程とは違い、今度は隆之介が亜紀人の姿を探す。
一番奥のテーブルにまで来た。
「……あっ君……」
じっと手元を見つめていた亜紀人だったが、面を上げ、隆之介を見た。
「どうして来た? 隆之介?」
「あっ君! ごめんなさい!」
隆之介は、深々と頭を下げた。
「ボク、あっ君と親友に戻りたい! これからもずっと一緒にいたい! だから、お願い!」
必死なって叫ぶ。
目頭が熱くなっても泣くのを我慢した。
亜紀人は、そんな隆之介の様子を静かに見つめていた。
「お願いだから……う、ううう」
涙がポタリと垂れた。
ついに我慢が出来ずに嗚咽が漏れる。
その時、肩のあたりに温かいものが触れた。
亜紀人の大きな手。
「……なぁ、少し歩かないか? 隆之介」
隆之介は、泣き崩れた顔で答えた。
「……うん」
****
イチョウ並木。
かつて大学時代の通学路だった駅まで続く道。
いろんな思い出があるその道を、二人黙って歩く。
隆之介のしゃくりが治ると、亜紀人は立ち止まり口を開いた。
「実は俺の方こそ謝りたいんだ。隆之介、ごめん……」
「え? ど、どうして、あっ君が謝るの?」
「それは、俺、お前の事、いやらしい目で見ていた。性の対象として見ていた。それが分かったんだ」
亜紀人は、スッと空を見上げた。
イチョウの枝がサワサワ揺れる。
「お前を見ていると性欲を抑えられない。今だってお前を襲いたくて勃起している。ははは、きっと俺は自分が知らなかっただけで前からこうだったんだな。だから、俺は親友失格。もうそばにいてやれないんだ」
亜紀人は、静かに言った。
そして、今にも消えそうな弱々しい笑いを浮かべた。
「本当にごめん、隆之介。俺達、もう会わない方がいいんだ」
手を挙げてサヨナラを言いかけた時、隆之介が怒鳴って制した。
「な、何を言っているの! あっ君!」
「え?」
隆之介の剣幕に、亜紀人はたじろぐ。
「ボクなんか、もうずっと前からあっ君としたかった。ずっとエッチな気持ちでいた。あっ君の事好きで好きでしょうがなくて、どうにかしてあっ君がその気になってくれないか、そういつも考えていた!」
「隆之介……お前、まさか……」
「な、何さ! ボクがエッチで何が悪い! 大体、あっ君は、かっこよくて、優しくて、ボクの事を大切にしてくれて……そんなの絶対に好きになっちゃうよ! あっ君がいけないんだからね! だから……」
隆之介は、走り込んで亜紀人に抱きつく。
そして、亜紀人の胸にしがみついて言った。
「……ボクの事、襲ってよ! 思いっきり!」
隆之介は薄っすら涙を浮かべた。
棒立ちの亜紀人は、頭をフル回転させ、これまでの経緯を振り返った。
そして、隆之介に問いかける。
「なぁ、隆之介。お前、今日の事って、成り行きじゃなくて、最初から考えてた事だったのか?」
「う、うん」
「じゃあ、俺とセックスしたい、というのは本心なのか?」
「……そ、そうだよ。さっきからそう言ってるじゃん。もう、恥ずかしいなぁ!」
少し赤くなった隆之介の頬は、ぷくっと膨らむ。
と、その瞬間。
亜紀人は思いっきり隆之介をハグした。
力の限り。
そして、優しく頭をなでる。
「……気がついてやれなくてごめんな。隆之介」
「あっ君……」
見つめ合う二人。
引力のように引き合い、唇が重なった。
長いキスを終えると二人は抱き合ったまま微笑み合った。
「……ねぇ、あっ君」
「何だよ?」
「さっきから当たっているから……あっ君の」
亜紀人は、照れ笑いをしながら言った。
「な……ははは。だって、言っただろ? 俺は隆之介を襲いたいって」
「じゃあ、いこ! ボクを襲いに!」
隆之介は亜紀人の手首を引っ張った。
その時、イチョウ並木がザワザワと騒めいた。
二人の新しい門出を祝福するかの様に……。
****
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