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第2話
***
「はじめまして。白鷺と言います」
相手を魅了する微笑みを浮かべながら、目をしっかり合わせて挨拶した。この笑みを見て頬を染めたり、視線を泳がせる挙動不審な行動をすれば、その後の関係はこっちの思うツボになる。
「はじめま、して、桜井壮馬です」
どこかあどけなさを残した中学生の壮馬は、熟したイチゴのように頬を染めて、右手で胸元を握りしめたまま、俺の顔を食い入るように凝視した。
「あ、よろしくね……」
あまりにもまっすぐ俺を見つめるせいで、先に視線を外してしまった。素直すぎるその想いに戸惑い、傍にいるのがいたたまれないくらいだった。
(このあと部屋に移動して勉強を教えることになるが、いつもどおりにちゃんと教えることができるだろうか)
そんな不安を見せないようにしなければと、笑顔を絶やさずに壮馬の部屋に向かう。
「中学生を教えるのが初めてだから、なにか粗相があるかもしれないけれど、わからないことを含めて遠慮なく言ってね」
「ありがとうございます。どうぞ」
壮馬の部屋に通されて、改めて圧倒する。自分だけじゃなく、今まで家庭教師をしていたご家庭の生活レベルとの違いを、部屋の広さだけじゃなく、高級ブランド品の家具や小物などで知らされた。
「壮馬くんのこと、坊ちゃんって呼ばなきゃいけないな」
寄せられる想いを拒絶するための見えない壁を作ろうと、あえて呼んでやる。
「そんなふうに呼ばれたくないんですけど」
「だったら君は俺のことを、先生以外の呼び名で呼ぶことができる? ちなみに俺の下の名前は鉄平だよ」
「白鷺鉄平……先生」
瞳を輝かせた壮馬は噛みしめるように、俺の名前を告げた。ただそれだけのことなのに、胸が疼く感じを覚える。
「坊ちゃんには坊ちゃんの立場、そして俺の立場がある。そこのところを理解してくれると助かります」
胸の疼きを悟られないように顔を背けて、お洒落で高そうな学習机の椅子を引き、座るように促した。素直に従った壮馬の頭を、小さいコにするように優しく撫でる。
「それじゃあ勉強はじめようか。まずは一番苦手なものから。教科書を出してくれますか?」
「あの、頭撫でるのやめてください。俺はガキじゃない、来年は高校生なんだ」
上目遣いで睨む壮馬の顔は、やっぱり幼く見えて笑いそうになった。
「ごめんごめん。今まで高校生ばかり教えていたものだから、中学生の扱いがわからなくて。どうしたら坊ちゃんの機嫌をとることができる?」
かわいらしく頬を染める壮馬に、目線を合わせながら問いかけた。
「機嫌なんてそんなの……」
「うん?」
「あのさ、先生は恋人いるのか?」
あえて視線を合わせたというのに、顎を引いて距離を取り、視線を彷徨わせた壮馬は意外なことを口にした。
「いませんよ。学業とバイトが忙しくて、作ってる暇がありません」
「そうなんだ。じゃあさ、好きな人はいる?」
「福沢諭吉先生」
「それって、お金が好きってことなのかよ」
「だってお金は裏切りませんから」
流れるように煙に巻く俺のセリフを聞いた壮馬は、面白くなさそうな顔で教科書をやっと出した。
「英語が苦手なんですね。それじゃあ好きな科目は?」
「白鷺鉄平先生」
まるでさっきの俺の言葉を真似たやり取りに、苦笑するしかない。
「俺じゃなくて科目、笑えない冗談はやめてください」
「だよな。男が男を好きって冗談にしか思えないのに、先生を初めて見た瞬間から、胸がすごくドキドキしたんだ」
言い終えてから俺を見つめる壮馬の眼差しに、熱がこもっているのがわかった。
「今言ったセリフ、英語で言われてたら付き合ったかもしれませんね」
壮馬から注がれる想いを断ち切るように俺から視線を外し、教科書をぱらぱら捲ってやり過ごす。最初が肝心と言わんばかりに、冷たい態度を貫いたことで、壮馬が諦めたと思った。
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