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第3話
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「なぁわかってるんだろ、俺は先生が好きだ」
「はいはい、耳にタコができてしまうかもしれませんね。坊ちゃんに告白されたのは、これで何回目でしょうか」
壮馬の家庭教師をはじめて三ヶ月。逢う度に必ず告白された。しかもキスはおろか躰の要求すらない告白に、俺がほとほと参っている現状。絶対に名前で呼ばずに敬語を使い、見えない線を引いて接しているというのに、壮馬の告白は一向に収まらない。
今までの教え子と違う壮馬。俺の躰を欲しがらないせいで、ビジネスが成り立たない。そのせいで彼の傍にいるときは、いつも緊張してしまった。
「あ~飽きた。先生、別な場所で勉強しようぜ」
壮馬は唇を尖らせて言うなり俺の腕を掴み、何も持たずに部屋を出た時点で、勉強する気がないのが明白だった。
「坊ちゃん、どこに行こうとしてるんですか?」
「ナイショ。もう少し待ってて」
そのままふたりで外に出て、家の前で待ちぼうけを食らう。隣にいる壮馬はスマホのアプリを操作しているらしく、無視を決め込まれてしまった。
程なくして壮馬が呼んだらしいタクシーに乗り込み、15分後に到着した場所は、首が痛くなるくらいに高いビルの前だった。おどおどする俺を尻目に、壮馬は慣れた様子でビルの中に入り、警備室のプレートがある扉をノックする。
「壮馬さん、また息抜きしに来たんですね。長居は無用ですよ」
警備員らしき年配者が顔を出して、壮馬を見たあとに、俺の顔をじっと見つめる。
「わかってる。この人は俺の家庭教師。あやしい人じゃないから大丈夫。長居はしないように気をつけるから」
俺が挨拶する前にさっさと事情を話した壮馬は、ふたたび俺の腕を掴んで、薄暗いロビーを迷うことなく歩き、エレベーターホールまで引っ張った。
「ここ、父さんの会社なんだ。昔から出入りしているお蔭で、顔見知りがいてさ。気軽に入れてくれるんで、こうしてたまに息抜きに来てる」
広いホールに、エレベーターが到着する音が響いた。そのままふたりで中に入り、昇っていくエレベーターから見える外の世界をぼんやりと眺める。
「坊ちゃんはいつか、この大きな会社を継ぐんでしょうね」
地上から離れていく箱の中から見る外の世界は、見る間に小さなものになった。俺に恋してると言った壮馬との距離のように感じてしまうのは、仕方のないことだろう。だって俺はちっぽけで、どこにでもいる男だから。
「先生、俺の人生は俺だけのものだ。将来この会社を継ぐかなんて、わからないだろ」
「傍若無人でワガママな、坊ちゃんらしい答えですね」
外の世界でおこなわれるいろんなことを知らない子どもゆえに、そういう物言いができる壮馬。しかも生意気で反発ばかりするコで可愛げがまったくないというのに、なぜか気になってしまう。
「よし、今日も探すぞ」
エレベーターが屋上に到着し、扉が開いたと同時にひとりで飛び出していく。小さくなっていく背中を、慌てて追いかけた。
「坊ちゃん、警備の方が仰ってたように長居は」
屋上に通じているらしい重い扉を開けながら声をかけたら、夜空に右手を伸ばした相馬が嬉しそうに振り返った。
「見つけた!」
「坊ちゃん?」
「今夜は満月で星が見えにくかったのに、流れ星を捕まえることができたんだ」
そう言って俺に駆け寄り、握りしめた拳を胸元に当てられてしまった。
「先生にあげる。これがここで見つけた、百個目の流れ星なんだぜ」
俺を見上げて満面の笑みで言われたことは、とても子どもじみたものなのに、不思議と耳に馴染んでしまった。
「ありがとうございます」
「俺の気持ちごと受け取ってください」
珍しく敬語で話した壮馬が胸元の拳を開き、掌を強く押し当てる。突然のことに驚いて、口を噤んでいると。
「俺は中学生でまだまだガキだけど、先生がびっくりするような大人に絶対なってやる。だから、俺を好きになってください!」
「壮馬……」
「流れ星百個なんか超える俺の初恋を、先生に受け取ってほしいです」
月明かりに照らされた壮馬の顔はとても赤くなっていたが、心の内を表す熱のこもった眼差しを俺に注いで告白されたことに、ときめかずにはいられない。大人がこんなふうに、自分の想いをきちんと告げることができるだろうか。
胸に置かれた壮馬の掌の熱が、俺の心を焦がすように伝わってくる。躰を売っても全然平気だった俺の冷たい心に、壮馬の想いが痛いくらいに突き刺さった。
「壮馬、俺も屋上から手が届く流れ星を見つけることができたら、俺の気持ちをやるよ」
その言葉を聞いた壮馬は、嬉しそうに瞳を揺らめかせる。
「だったら早く探して、俺にプレゼントしてくれよな!」
素に戻った壮馬が俺の腕を引き、星がよく見える場所に案内した。
隣で楽しそうに流れ星を探す壮馬の横顔ばかり見ている行為が、自分にとって穏やかな時間を過ごしてることに気づいてしまった瞬間、しまったと思わずにはいられない。壮馬の想いに引きずられていることを、改めて認識した。
純新無垢で綺麗な気持ちを持つ壮馬に、戸惑いながらも惹かれてしまっている。
「先生、流れ星見つけた?」
「まだですよ」
不意に壮馬と目が合ったので、慌てて夜空を見上げる。
(俺は既に見つけていたんだな。眩いくらいにキラキラ輝く流れ星を――)
互いの将来を考えるだけで暗く沈みこむというというのに、好きな気持ちを諦めることができないときがくるとは思ってなかった。
屋上から手が届く流れ星に想いをこめて、いつか壮馬に好きという気持ちを伝えることができたら。
そんな願い事をこっそりしながら、いつまでも流れ星を探したのだった。
終
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