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両片想い

♡♡ここからは数年後のふたりの話になります。  大好きな先生の利き腕を塞ぐべく、右手を掴んで引きずるように先導した。行き先は逢瀬によく利用する、某ホテルのスイートだった。  握り潰す勢いで触れている手は、温かみをどんどん失って冷たくなりかけている。それがわかっているのに、力を緩めることができない。 (俺が怒ってる理由、この人は全然わかっていないんだろうな) 「掴んでる手が痛い。坊っちゃんが怒る理由が、俺にはわからないんだけど……」  ぼやくような声が背後からなされたが、そのままスルーさせてもらう。  会社でも外でも俺の名前を呼んでくれない意地悪な恋人を、このあとどう料理しようか、頭の中はそのことでいっぱいだった。  蒸し暑さを感じる外から、クーラーの効いた涼しいホテルに到着。フロントでカードキーを受け取り、エレベーターに乗り込む。 「なぁ坊っちゃん」 「黙れよ! 今ここで俺が手を出したら、困るのはアンタだろ。ひん剥かれて喘がされるエロい姿を、誰かに見せたいのか」 「つっ!」  フロントで繋ぎ直した右手を引っ張って顔を寄せると、憂わしげな表情をありありと浮かべた。  息を飲んだまま口を引き結ぶ、羨ましいくらいの端正な面持ち――ここのところの仕事の忙しさが青白さとなって、顔色に表れている。  クォーターで髪と瞳の色素が薄いため、その青白さと相まって、壮絶なくらいに整って見えた。好きすぎて、ずっと眺めていたい衝動に駆ら駆られる。 疲れきった様子だからこそ優しくしてやりたいのに、余裕のない自分が腹立たしくてたまらない。 (ふたりきりの空間だからって、エレベーターで唇を奪ったら、歯止めが効かなくなるだろうな。それはしちゃいけないんだ。この人のためにも――)  何か言いたげな先生の視線を顔を逸らしてやり過ごし、最上階に向かう番号だけを見上げた。すると俺に寄り添って、肩に頭を乗せる。 (会社を出てからずっと手荒に扱ってきたのに、こんなことをされると、今すぐにでも手を出したくなる)  冷たくなった右手を柔らかく握り直しながら、課長の髪に顔を埋めた。嗅ぎ慣れたシャンプーの香りを、心ゆくまで存分に楽しむ。 「坊ちゃんにこのあと、めちゃくちゃにされるんだろうな。だけど理由がわからないままされるのは、正直ご免だ」  深いため息が耳に聞こえたのと同時に、最上階に到着した音がエレベータ内に響いた。スムーズに開いた扉から出て、急ぎ足でスイートに向かう。 「坊っちゃんには悪いが、明日は朝一で会議があるんだ。あまり無理なことには付き合えない。ほどほどにしてくれ」 「だったら、ほどほどにさせるいいわけくらい、今のうちに考えておけよな」 「理由がわからないのに、考えられるわけがないだろ……」  手早くカードキーで開錠し部屋に入るなり、掴んでいた手を引っ張り、遠心力を使って放り投げる。ぶん投げた勢いが、つんのめるような足取りになって表れた。 「……ふたりきりのときくらい、名前で呼んでもいいのに。坊っちゃん呼びはいい加減にやめろよ」 「くせになってるから。それに下の名前で呼んだら、何かあったときに面倒なことになる」 「親父の口利きで、ウチの会社に入ったことがバレるのが怖いのかよ。情けない……」  離れている僅かな距離が、俺たちの心の距離のように感じた。俺から近づくと、途端に離れていく。こんなにも好きなのに。どうしようもないほど、愛しているというのに。 「課長……、いや先生は、嫌々俺と付き合ってるわけ?」  課長との出逢いは、俺の成績が伸び悩んだ中学3年のある日だった。役員をしている社員の噂話がきっかけで、当時大学生だった課長を親父が家庭教師として雇い、週一のペースで家へと招き入れた。  男なんかにまったく興味がわかなかった俺を、互いに挨拶を交わしたあとで目を合わせた瞬間から、心が一気に奪われた。  柔らかく微笑みながら、じっと見つめられるだけで、何かが煽られる気がした。  顔を合わせるたびに、隠しきれない気持ちを、勉強してる間にぶつけたりもした。それなのに――。 『坊っちゃん、いい加減にしてください。未成年の貴方に何かあったときは、俺が責任をとることになるんですよ』 「だって、先生が好きなんだ!」 『色恋云々を言う前に受験生なんですから、勉強をしっかりしてください』  中3のガキの戯言なんかに、大学生の先生がまともに取り合ってくれるはずがないのわかっていた。だけど好きだという想いに駆られていた俺は、告げずにはいられなかった。  先生のことが好きだからこそ、すべてが欲しかった。それと同時に、他のヤツに触れられたりしていないかと心配で、訊ねずにはいられない。

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