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両片想い2

「先生は他の家でも、家庭教師をしてるんだろ? 迫られたりしてないのか?」 『坊ちゃん以外はみんな高校生で、三軒こなしてます。彼らは大人ですから君のように、むやみやたらに迫ったりはしません』 「……だったら首筋にある赤い印は、誰につけられたんだよ?」  自分の左首を指差しながら指摘してやると、わざとらしく小首を傾げるなり、乾いた笑顔で微笑んだ。 『きっと、蚊に食われたんでしょう。大学に通いながら自分の勉強をしつつ、家庭教師のバイトをこなすことでいっぱいいっぱいだから、恋人を作る暇はないですしね』  横長の大きな皮下出血はどこからどう見たって、蚊に刺された痕じゃないのは明らかだった。 「先生は恋人、欲しいとは思わないんだ?」 『今は必要性を感じないですし、経済的な余裕もないですから、社会人になってから作ろうかと考えてます』 「だったら先生が社会人になったとき、俺を恋人にしてよ!」  左隣にいる先生の右手を握りしめながら、思いきった提案をしてみる。ガキの俺がこんなことを言っても、一蹴されるのは目に見えていた。 『坊ちゃんを恋人に、ねえ……。未成年で同性の君を?』 「だって俺は先生が好きだし。この想いはこれからも、絶対に変わらないから」  掴んでいた先生の右手が、強引に外された。あっと思ったときには、その手は俺の太ももに置かれ、際どいところを撫で擦るように蠢く。 「ちょっ!?」 『俺のことが好きなんじゃなくて、俺の躰が欲しいだけだろ?』 「違うっ! 俺は――」 『ふっ、ちょっと触っただけで、こんなに熱くなって』  嘲笑う先生の声は、今までとは質の違うものに聞こえた。落ち着いた声なのに、やけに耳の奥に残る異質な声。低くて艶のある先生の声を俺だけのものにしたいと、思わずにはいられなかった。 『お前が本当の俺の姿を知ったら、幻滅して嫌いになるかもしれないぞ』 「本当の、せん、せぇ」  クスクス笑いながら強弱をつけて触れる先生の手は、俺の感じる部分を簡単に探り当てて、絶妙な力加減で弄り続ける。 「ああっ、ヤバぃ」 『それでもずっと好きでいられるのなら、恋人にしてやってもいい』 「んっ…は…ぁっ、もっイキそう」 『やれやれ、子どもには刺激が強かったか』  触れていた先生の右手があっけなく外され、腕を組んでそれを隠した。その態度でイクまでやってくれと強請っても、触れてはもらえないことが分かった。  寸止めを食らった当時の俺は、涙目で荒い呼吸を繰り返しながら、隣にいる愛しい人を睨むのがやっとだった。 『とりあえず俺の恋人になりたければ、志望校に合格は必須だからな。晴れて合格したら、キスすることを許してやってもいい』 「キス……?」 『ああ、お前が好きなときにしていい権利だ。ただし、それ以上のことをしようとしたら俺は家庭教師を辞めるし、恋人にする権利も自動的になくなる』  このとき以降、先生はタメ口で喋るようになった。だけど親のいる前では敬語を使うという、俺が呆れるくらいの外面の良さを発揮した。  こうして長い間、いろんなことに虐げられた俺は、中学卒業後にやっと先生とキスすることを許され、躰の関係にいたるまでには、3年の月日を有することになる。  高校入学と同時に、先生に強請られたこと――目指していた大学よりワンランク上のところに行って合格しないと、恋人として認めないという、ありえないワガママのせいで、3年も我慢させられたのである。  結果的には塾通いと先生の家庭教師の両立で必死こいて勉強し、ギリギリの成績で何とか合格した。  そんな苦労ののちに、はじめて先生を抱こうとしたら、思いっきり先走って達してしまったことは恥ずかしくもあり、今考えるといい思い出だったりする。  俺を散々翻弄した先生は大学を卒業後、親父のコネで会社に入社した。  そのあとを追うように、大学を無事に卒業した俺も同じところに入社して、先生の部下になった。  部下だけど恋人――俺としては、こうして一緒にいられる環境下だからこそ、ハッピーな出来事が待ち受けていると思っていた。  好きな人と同じ空間にいられる幸せを味わいたかったのに、現実はそう甘くはなかったのである。

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