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コアラとモグラ 第一章 第五話
コアラとモグラ編
第一章 第五話「天国か地獄か」
不思議な少年だった。クロトは食器を洗いながらそんなことをぼんやり思った。
絵を見て賞賛の言葉をかけてくる獣人 ならば過去にもいくらかいたが、その素性を知って尚、自分を訪ねてくる獣人は初めてだった。
自然と笑みが溢れる。なにより、ずっと昔に出会ったこどもが、元気な姿を見せてくれたことは、単純に嬉しくもあった。
「……あとはまぁ、やっぱり声が素敵ですね、彼は」
クロトは笑った。独り言を言うのは彼の癖だ。家電が鳴ったときにもクロトは返事をする。彼は元来お喋り好きな性分なのだが、そんな彼と喋ってくれる獣人は少なかった。
彼が、ただの盲目の美人であったなら、世界はもう少し、彼に優しくしてくれただろうか。
「おいクロトぉ」
「……ッ」
突然、首筋を舌でなぞられる。クロトは、一瞬、ビクッと身体が固まってしまった。
背筋が凍り、胸騒ぎがする。心臓が大きく音を立てながら、拍動を速めていく。
「…………ああ、貴方ですか」
固まった喉でなんとか声を絞り出すと、相手はくつくつ笑った。ボサボサの髪の毛は苔色で、眼はオレンジ色に光っていた。
「なァ、お前今日うちの端くれにたてついたらしいじゃねぇか。市長様に逆らうつもりかァ?」
男は、この地下の牢獄、アンダーシティの市長の、オズである。もちろん、正式に誰かに任命された市長ではなく、アンダーシティにはびこるならず者の抗争で頂点に立っただけの男だ。誰も彼を恐れこそすれ、敬ってなどいない。
「はて、人助けをした記憶しかありませんね。何か問題がありますか?」
「ハハッ。イイなぁ、そうでなくちゃなァ。お前は気が強いからイイんだよ……」
男はクロトの腕をやんわりと掴み、壁に押しつけた。
すでにそこは、クロトの家ではなかった。
いわゆる、移動魔法である。魔法とは、元はヒト族の一部が使っていた不思議な力だ。ヒト族時代には、魔法が扱える人間が少なかった上に、巨大な科学の力に蹴落とされ、立場をなくしていた。獣人たちは、ヒトより魔法への適性が高いといわれており、魔法を使うにんげんの割合は、ヒト族の時代よりも高いという。
この男は、そんなヒト族の生み出した力の虜になっている者の一人だ。いくら獣人の魔法適性が高いとはいえ、魔法は誰もが使える力ではない。そのため、悪用されやすいところがあり、人々の間で魔法師といえばろくでなしのイメージがある。
「離してください」
オズはクロトの腕をぎりぎりと締め上げて笑う。
「ごめんなさいはどうするんだったっけ、クロト?」
「……ッ」
「アッハハ、教えてやろうか? 『逆らってごめんなさい』って言うだけだ、簡単だろう?」
「……っ、そんなことをされても、私は貴方に屈しませんよ……」
「痛いほうがいいか」
「……ーーッ!!!」
クロトの腹の青痣を抉るように指を押し込まれ、クロトは短く悲鳴を上げた。オズはクロトの傷をなぞるように身体を撫であげていく。
「どうするクロト。今しかないぜ?」
「……は、っは、はぁ……」
「早く言えばもう痛くしねぇからさァ。悪いことしたら、ご主人様に何て言うんだっけ?」
クロトの顔を掴んで無理やり顔を向かい合わせた男に、クロトは嘲るように笑ってみせた。
「……貴方は本当にどうしようもない人ですね」
ガコンと大きな音と共に、壁に打ち付けられる。少し遅れて背中を酷い痛みが襲った。
「ッ!!!」
「クロト? お前はいつまで俺に抗うつもりだ?」
「……私は、貴方の思うようにはなりません。何を言われても、何をされても……!」
「威勢がいいのはイイけどなァ、ちょっとうるせぇんだよな、お前」
オズは静かに指を振る。机から注射器が飛んできた。ガチャガチャと鳴るガラスの音に、思わず顔がひきつる。嫌な汗が頬を伝った。
「腕出せ」
「いや、です……!」
「ふふ、正直な身体だよなぁ」
嫌だ嫌だと喚いたところで、クロトの腕は勝手に持ち上がる。
これは獣人族の習性、獣性の一種で、自分より強い相手には、必ず服従するように身体ができている。反逆を起こさないよう、家畜は家畜でいられるよう、ヒト族が遺伝子に組み込んだ呪いだ。
彼らの意志は、力の前には関係ない。
「ほら、お前の大好きな薬だよ、クロト」
「……!!」
注射針が刺さり、クロトは痺れるような感覚を覚えた。次第に身体がゾワゾワと熱っぽさを帯びていく。息が切れ、心臓がバクバク音を立てた。
「ぁ゙、くるし、あ゙ぁ……!」
「アッハハ! トんじゃいそうだろ? またお前が逆らったって聞いたから、嬉しくなっちまってなァ! もっと強いのを作っておいたんだ」
魔法薬だ。効能が強く、効果がでるのが早い。一瞬でクロトの頭は真っ白になった。
馬鹿げている。こんなもの。クロトは歯を食いしばり唸った。
身体が痺れる。熱い。身体の中が熱くて、頭がチカチカして、肌が下着と擦れるだけで死んでしまいそうだ。
「あぁ゙……ッ、あ……ぅ……」
「あーあ、注射でイッちゃってさぁ」
オズはニタニタと笑い、注射器を放り投げた。カランと高い音。
頭がおかしくなりそうで、クロトはいつの間にか涙を流していた。
「もう、いや……です……」
「……アハ、そうだな。ここまでしてやらねェと、お前は謝罪もできねェもんな。けどな、意地っ張りなだけだって俺は分かってる。ほら、クロト、どうするんだっけ?」
「ごめんなさい。ごめんなさい……」
床に頭をつける。オズはニコニコ笑って、それでいいんだとクロトの頭を撫でた。
「お前は価値のないにんげんだがな、ちゃんと俺が大事にしてやるから。だが、俺の言いつけをちゃんと守らなきゃなんねェ。分かってんな?」
「はい……、はい。分かっています、……っ、だから、もう……!」
「まだ待てだよ。待て。お前は昔のほうが躾がなっててかわいかったなぁ……。嫌だって言ったり早くしろって言ったり、どこでそんなワガママになってしまったんだか」
「ぁ、あ……! はやく……!」
「はいはい。お前は説教もろくに聞けないんだな。全くかわいい奴め」
クロトの柔らかい膣に、オズのペニスが突き立ててられる。えぐられるような圧迫感。身体に電撃が走るような感覚に、クロトは大きく仰け反った。息もできないままに突かれる耐え難い快感に襲われ、クロトはぼろぼろと涙を流した。
「ぁ、あ……!」
「どうしたクロト」
目眩がする。身体が熱い。いくら出しても出しても抜け切らない快感。体液と体液が混ざり合い、身体と身体の境界線がとけていく。
「もっと……っ」
いっそ壊れてしまえばいいと思った。
楽になりたかった。
はっと目が覚めた。嫌な気分だ。体中が痛む。薬の副作用で頭も痛いし吐き気がひどい。まだ薬が抜けきれていないのか、身体が燻っている感じがする。
クロトは、あれから数日拘束され、散々遊ばれ続けた。男が仕事で離れるときだけは眠ることができたが、その他はひたすら身体を嬲られた。
彼は、いつもそうやって、いろんな“玩具”で遊んでいる。もちろん、他にも性奴隷にされている人間はいるが、クロトはその容姿と折れない性格のために、男のお気に入りであった。クロトがアンダーシティの住人に好かれていないのは、市長のお気に入りであるからだ。他の住人からは、クロトは身体でご機嫌を取るさぞかし汚い男に映っていることだろう。
ろくな後処理もせずにずっと眠っていたため、身体が酷くだるい。モグラ族であり、獣性も強いクロトは、食事による栄養が普通より多く必要であるが、それも摂れていない。起き上がることもできず、クロトはぐったりとベッドに埋もれた。
クロトの腕にある無数の注射痕、痣、傷痕。痛みで眠れない日だって数え切れないほどあった。
「価値のない存在、ですか」
彼の言う通りだ。こんなに汚れて傷だらけの人間には、少しの価値もない。
汚れている。血液も、筋肉も、髪も、目も、涙も、自分の全てが汚れている。クロトは嘲笑うかのように唇の端を上げ、このまはま眠ってしまおうと全身の力を抜いた。
幼い頃から麻薬と性暴力に溺れて育ってきた。ろくでもない三十年を過ごしてきた。
もういい。もう、疲れてしまった。
「このまま眠っていましょう。そうすれば、きっと」
天国か地獄か、少なくともここよりはマシなところへ、行けるかもしれない。
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