「ああやって、笑ってたら可愛いのに」 去っていく車を見つめながら渉はいつもツンツン尖ってはここにはいない無愛想な幼馴染みへ呟いた。 咲也とは幼稚園の時からの付き合いで、自分の二つ離れた兄の猛（たける）が咲也の愛して止まない兄、門倉 優一と親友だった。 咲也同様、優れた容姿でいつもにこやかな優一はとても中身も有能な男だった。 隙はなく、何をさせてもソツなくこなしてしまう完璧な男に渉自身、尊敬している。 しかし、そのスペックの高さとは裏腹にとても冷徹で物事を損得でしか考えられない無駄を嫌う厳しい一面も持っていた。 気さくで取っつきやすいかと思えば、きっちり線を引いて自分のテリトリーへは足を踏み込ませない割とやりにくい人間でもあった。 そんな男に恋をしていると幼馴染みの咲也へ暴露されたのは小学一年の春だった。 幼稚園の時から異様なまでの執着心を見せていたので、とんだブラコンだと思っていたが恋をしていると言われた時は大笑いした。 だって相手は男で実の兄だ。それも小学一年が愛だの恋だの騒ぐには早過ぎる。 この咲也の病気染みた恋心にあまり深く興味を示さなかったが、中学へ上がる時にはその恋模様は深刻なモノへと変わっていった。 忘れもしない兄達が中学三年生の時、優一のセフレだった女を咲也がボコボコにリンチしたのだ。 それに加えて、複数の男を雇いその女を強姦させた。 そこそこの令嬢に取り返しのつかない制裁を下した咲也を門倉家はかなり咲也を咎めたらしい。 しかし、その咲也は反省するどころかその夜、兄の優一へ全裸にて夜這いを仕掛けるという不祥事を侵した。 完全無敵の優一も実弟の愚かな行いとあまりの狂った行いにその夜は屋敷中を震撼させる程の悲鳴を轟かせたと兄の猛から大笑いしながら聞いたことがあった。 それからというもの、優一の態度は咲也に対して相当厳しいものへと変わった。 元々、弟を可愛がるような性格ではなかったが、今ではかなり毛嫌いしていて咲也への連絡はいつも渉を介して行われていた。 こんな複雑なサンドイッチ状態の関係にすら渉は慣れつつある。 それも一重に幼い頃から繰り返し行われていた二人の兄プラス優一の横暴さ故だろう。 かなりの暴君達に下僕扱いの日々を15年間敷いられてきた渉からすれば、今更これぐらいどうって事はない。 「しっかし、優兄に会うの久々だな。何より、ざっちゃんに会えるのは嬉しいな」 くるりと踵を返し、自分も自宅へ帰ろうと歩を進め始めた渉は兄の溺愛する可愛い恋人、『ざっちゃん』に会える喜びに純粋に心を弾ませた。