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第5話
次の日、咲也は午前10時にて毎月予約しているはやみ心療内科へと受診を受けていた。
かなり腕のある医師の速水はとても優しい男で咲也を幼稚園の時から知っている。
物心が付いた時から極度の潔癖症で人の物や人が触れた物には決して触ることが出来なかった。実の兄を除いては……。
そんな不思議な症状の咲也も段々と改正しては人並みの生活を送れるようになっていった。
人の物や人が触れた物、そして他人に触れられるのは相変わらず兄を除いては不快でしかないが、耐えるが出来るほどまでに成長を遂げた。
それもこの心療内科の主治医である速水のおかげとも言える。
「春からは咲也君も高校生だね。お兄さんと同じ所に行くのかい?」
にこやかに穏やかな口調でカルテへ何かを書き込みながら話し掛けてくる速水に咲也は嬉しそうに頷いた。
「はい。兄様と同じ立春高校へ通います!」
「寮なんだよね?実家を出て生活をしようとまで思えるぐらい成長したなら、本当にいい方向へ向かってる証だよ。頑張ってるね」
自分の潔癖症へ向かう姿勢をこうして褒めてくれる速水はとにかく優しい。
なぜならば、咲也は兄と同じ高校へ通う為にこの中学生活三年間を病気と向き合う形で過ごしていたからだ。
外で食事も出来ず、食べれば吐いて何度も気持ち悪くなっては気絶をした事もあった。
それでも、たった一年間だけでも兄と同じ寮生活を過ごしたい一心でこれらの病状を克服した。
速水との診察は心のカウンセリングを含め、小一時間会話をして過ごすと終了された。
会計を済ませ、病院を出ると目の前に自家用車が停まり運転手が後部座席の扉を開いた。
いきなり吹き抜けた冷たい風に寒いと肩を竦めた咲也は車へ急いで乗り込む。
「うわっ!11時半だ!!早く兄様のとこへ向かって!遅刻する!!」
車内の時計を確認すると、兄指定の12時にどうも間に合いそうもない。
焦る咲也に運転手は畏まりました。と、一言告げると車を発進させて立春高校へと向かった。
この世で唯一無二の存在。愛して止まない兄と久しぶりの再会だと思うとそれだけで興奮した。
ただ、一つ。
咲也は確認したい人物がいる。
『白木 綾人』
数ヶ月前、この男のせいで兄は事故にあった。
幸い命に別状はないし、大した怪我もしなかったが、兄がこの男を庇ったと聞いた。
兄が身を挺してまで守る人間がこの世に存在するのかと思うと、その人物に猛烈な殺意が生まれた。
加えて、今年の夏の兄が通う立春高校の名物、『夕涼み会』。
実際見てはいないが、公の場にてどこかの女に愛を囁き『恋人』を作ったと耳にした。
あの兄が『恋人』を作ったのだ!
昔から女遊びが酷かった事は知っている。何十人ものセフレや一夜限りの暇潰しの女達を見てきたから…。
更に、ムカつくし自分は認めていないが兄には許嫁もいる。
ただ、今の今まで決して『恋人』を作る事はしてはこなかったのだ。
その女が誰なのか兄が匿っているのか分からないが、その夕涼み会から姿を消した。
相当な見目麗しい容姿の女神と耳にしたが、見つけ次第、見るに堪えない人間以下の姿へ変貌させて兄の前へは今後一切、姿を見せられなくしてやると拳を握り締めた咲也は眼鏡の奥の瞳を細めた。
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