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第16話

嫌だ 嫌だ 嫌だ 兄様が他の誰かのモノになるなんて これは本当に現実なのかと、咲也は無我夢中に夜の街を駆け抜けた。 完全無敵の冷酷冷徹な兄 誰にも関心を示さず、誰にもとらわれる事のない完璧な人間があんな出てきたばかりの男に奪われるなんて…… 現実を直視できなくて咲也はグルグル回る頭を抱えてフラフラと街を彷徨った。 歩く度にすれ違う人間と幾度となく肩をぶつけるがそんな事を気にする余裕すら持てない。 それどこらか、溢れんばかりの涙が頬を濡らして胸が苦しく呼吸を乱していった。 「……咲也⁉︎」 その時、背後から良く知る声に名を呼ばれ、咲也はゆっくりと顔を振り返らせた。 そこには夜のネオンに照らされる多勢の友人に囲まれた幼馴染みの渉がいた。 渉の友人達は咲也を見るや、綺麗だと顔を緩ませては近寄ろうと歩を進めてくる。 それを渉が阻止して咲也の手を取った。 「どうした?ゆう兄と喧嘩した?」 人に弱味を見せる事をしない咲也がこんな無防備な姿に渉は動揺する。 涙を流す姿を見ることも、ずっとそばに居た自分だって幼稚園へ入るほど昔の出来事だった。 「に…、兄様ぁ〜……。兄様が…、兄様がぁ……ぅっ…」 潔癖症の咲也が自分から崩れる様に抱き付いてきて渉は息を呑んだ。 兄の優一に殴られようが蹴られようが蔑まれようが、とにかく何をされてもこれは愛情といつも気にしない咲也だったが、ここまで心を崩した姿に目を見開いた。 感情が高ぶり、泣き過ぎて言葉も満足に紡げない咲也を渉は肩に担ぐ様に抱えると友人達に今日は帰ると告げ、その場を急いで離れていった。 自分の家の部屋へ、誰にもバレないよう渉は咲也と帰ってくるとまだ涙を流している咲也を深緑のソファへと座らせた。 顔を覆うこともせず、ボタボタ涙を流しては子供のように泣く姿が胸を締め付ける。 なまじ弱味を見せない相手だから余計に動揺した。 「咲也。そろそろ泣きやめよ。ゆう兄と喧嘩したなら俺も一緒に謝りに行ってやるやら」 目の前に新品のペットボトルに入った水を差し出しながら渉が言う。 その水を見つめながら咲也は泣き過ぎて腫れた目を腕で拭いながら受け取った。

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