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第27話

暫くして地面へ座り込んでいた咲也は立ち上がると、ふらふらと歩き出した。 「おい、咲也?」 足取りが不安定過ぎておかしく感じた渉が声をかけると、咲也はブツブツ小さな声で何かを言っていた。 耳を澄ませてその声を拾うと…… 「100人…、100人と寝たらキスしてもらえる……」 信じられない事を口ずさむ咲也に渉が青ざめる。 「お前、まさか……」 瞬時に腕を掴んで引き留めると、咲也が怒鳴り声を上げてその手を振り払った。 「キスしてくれるって言った!兄様が俺にキスするって!!だったら、なんでもする!兄様が俺に触れてくれるなら100人と寝るのだって構わないっ!!」 躍起になる咲也の瞳は間違いなく本気で渉は息を呑む。 優一があてつけとして放った戯言なのは渉にも理解できた。 だが、最後に自分へ視線を向けたのはもしかしたはこんな風に馬鹿な考えを起こすであろう弟を止めろという意図があったのではと思えた。 「ゆう兄が本気で言ったんじゃないのはお前にも分かって…」 「分かってる!分かってるけど、兄様は俺の本気を分かってない!!俺がどれだけあの人が好きか……っ…、どれだけ他の奴に触れてる事が辛いか……」 最後は悔しいと唇を噛み締めて涙を浮かべる咲也に渉のなかのスイッチがカチッと音を立てて動いた。 「……渉」 両目を両手で伏せて涙声で囁く咲也にその心のズレが大きくなっていった。 「咲也…、馬鹿な事言わずに冷静になれよ」 じゃないと、取り返しがつかなくなる 「ゆう兄のいつもの安い挑発だ」 冷静さを保ち、いつも通りを装うが、渉の目は咲也に釘付けでズレた心の隙間がどんどん歪みを生んでいった。 早く 早くいつもの咲也へ戻ってくれ 強く、傲慢で我儘な美しくも冷たい、誰にも触れさせない近寄らせない氷のような男に戻って欲しい でないと…… 「兄様…、兄様……、抱いてください。俺を愛して…」 両手を離し、眼鏡がカシャンっと音を立てて地面へと落ちた。 その瞬間、子供のように泣く咲也の妖艶に濡れた瞳が渉の思考を蝕んでいった。 「咲也、目を瞑って……。俺がゆう兄の代わりに抱いてあげる」 見て見ぬ振りをして閉ざしてきたパンドラの箱がこの瞬間、紅茶色の瞳により蓋をしていた欲情を溢れさせてしまった。

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