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第32話
やってしまった……
ベッドの上にてスヤスヤ寝息を立てる幼馴染みを前に渉は何度目かの溜息を吐き出した。
昔から危うい色気を持っているとは思っていたが、その色香にあてられ、抗えなかった自分が冷静になった今、思う気持ちは「後悔」だった。
咲也のことは大切な幼馴染みだし、嫌いだはない。
生意気で可愛げがなくて、厄介な奴だが切り離さない自分がいた。
優一のことが好きで苦しんでいるのも知っていたし、健気な一面も知っている。
そんな咲也は少し可愛いとすら思っていたが、それ以上でもそれ以下でもなかった。
それなのに……
咲也の色香に負けたとまた一つ溜息を漏らす渉は、自身の乱れる衣服を整え、帰る身支度を始めた。
眠る咲也が起きるのが怖い
起きて、互いの間違いに気不味くなりたくなかった。
咲也との関係が気に入っていた分、余計に気持ちが塞いでいく。
もう一度、眠る幼馴染みへ目を向けると、最後の最後まで兄の優一を求めて泣く姿が瞼の裏に蘇った。
綺麗だった
可愛いかったし、その熱情と体に理性が奪われ一気に溺れる感覚に陥った……
気持ちもよかったし、相手が咲也じゃなかったら……
ふと、要らぬ考えまで頭に浮かんだ渉はハッと我に返ってブンブン首を左右へと振る。
「ヤバい、ヤバい!帰んないと、新年の挨拶に遅れる!」
煩悩を断ち切るように顔を上げ、壁に掛かった時計を見ると針は午前5時を指していた。
渉は毎年恒例である九流家で行われる自宅の新年の挨拶へと急いで帰っていった。
「…ん……」
部屋の扉が閉まる音で目を覚ました咲也は見慣れた自分の部屋の天井をぼんやりと眺める。
腰が痛くて体が重だるい。
まだ眠たくて瞼が落ちてきた瞬間、兄の顔が脳裏によぎって覚醒した。
「兄様!!」
ガバッと上体を勢いよく起こした咲也は強烈な腰の痛みに悶絶してベッドの上へと再び舞い戻る。
「いってぇ!!」
青い顔で声を上げると喉が痛く、ほんのり掠れていることに気がついた。
「俺……、昨日…」
何が何だか分からず、自分の体へ目を向けると全裸でいることにボンっと顔を赤くしては夕べの事を思い出した。
「ウソ…、俺……兄様と⁉︎いや、違う……」
兄を思い浮かべ、あの幼馴染みの渉に抱かれたのだ。
しかし、記憶に残るのは渉ではなくいつも思い描いていた兄だけだった。
その事に咲也の記憶が曖昧になる。
渉には申し訳ないが正直、今の自分は本当に兄と繋がれたと思うほど心が浮き足立っていた。
好きで、好きで、愛おしくてたまらなかった兄。
繋がった身体は違えど、自分の中では確実に兄だったのだ。
それが、とてつもなく幸せで咲也は喜びを噛み締めた。
「兄様……。俺、幸せです…」
枕を抱き締め、この体を兄へと捧げたのだと思い込む咲也は幸せの絶頂だ。
渉には悪いが咲也には後にも先にも兄の優一しかその瞳には映していなかった。
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