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第36話

教師がいなくなると校内に生徒達へ次の行動を示す放送が流れる。 今日は始業式なことから、この学校のメインホールへ向かうよう指示が流れた。 ゾロゾロと出て教室を出て行く生徒の中に咲也は渉を見つけると、そっと腕を掴んで引き止めた。 「え?」 驚いた顔をする渉に咲也が要件を告げる。 「今日、一緒に帰れるか?少し話がしたい」 咲也は自分を抱いたことに後悔を感じてギクシャクしているのなら早々に話し合って問題解決を試みたかった。 「……えっと、今日はちょっと…」 人気者の渉は既に予定が入ってしまったらしく、どうしたものかと口籠る姿に咲也は掴んでいた腕を離す。 「忙しいならいい。じゃあな」 あっさり身を引いては素っ気ない咲也はふいっと、顔を背けるとホールへ向かおうと渉のそばを離れていこうとした。 いつも通りの咲也はとてもドライな男で、渉はこんな引き際の良過ぎる所にモヤッと心を濁らせた。 「ま、待って!いいよ!一緒に帰ろう」 去って行こうとする咲也の腕を今度は渉が掴んで引き止めると、振り返った咲也の眼鏡の奥に映る自分に動揺が走った。 「先約があるんだろ?」 「……なんとかする」 「無理しなくてもいいけど?」 「無理なんてしてない。俺も……、少し話したいことあったから」 掴まれた腕を握る手が強くなり、咲也は射るように見つめていた渉から瞳を伏せた。 「分かった。じゃあ、帰りに」 静かに承諾をする返事をする咲也は腕を離せと軽く力を込めて体を引いた。 それを合図に渉がそっと手を離すと咲也はそのまま目的地であるメインホールへと一人で向かって行った。 無事に始業式を終え、生徒達は早く帰れる事に浮き足立つ。 カラオケや買い物、ボーリングにゲームセンターなどと盛り上がるクラスメイト達をよそに咲也は別段興味をそそられる事もなく教室を出て行った。 その後ろを急いで追いかける渉は周りから何かと声を掛けられている。それにいちいち笑顔で対応する人当たりの良さに咲也は内心、感心していた。 自分には決してそんな無駄なことをする労力がないからだ。 靴箱に行くと人はかなり少なくなり、ほぼ二人きりの状態となった。 それに気付いた咲也が靴を履き終えると、渉へ体を向けて要件を告げた。 「大晦日の日は悪かったな。俺が変な空気出したから仕方なくヤっただけってちゃんと分かってるから」 いきなり爆弾を投下され、靴を履き変えていた渉がブハッと吹き出す。 「な、な、な……!!」 顔を赤くして自分を見てくる渉に咲也は淡々と続けた。 「気にしてるんだろ?でも、俺は本当に兄様とヤったって思ってるから安心しろよ。お前の顔も見てないし、覚えてもない。あと、やり方も分かったからこれからはこういう事、もしするなら、お前には声かけないようにする。だから、その辺の犬にでも噛まれたって忘れろ」 それでいいだろう。と笑みを見せた咲也に渉の心臓がドクンッと乱れた。 「俺の要件はそれだけ。クラスの奴らと約束してるんだろ?行けよ」 踵を返して帰ろうとする咲也に渉は目の前が真っ赤に染まった。 「俺には声かけないって、だったら他の誰かに声かけんのかよ?」 咲也の細い腕を掴んで引き寄せると、自分でも驚く程、怒りを伴う声音で凄んでいた。 「……そうだな。後腐れのない奴を適当に探すよ」 眼鏡の奥の紅茶色の瞳はブレることがなく、本当にあの日のことを何とも思っていないことを渉は悟った。 「……分かった。勝手にしろ」 心臓がガンガン鳴って、頭の中が怒りに支配されていた渉だったが、咲也のこの自分にも己にも無頓着な回答に心がスッと悲しくなった。 自分は本当に優一の代わりで、あの日、あの時、あの瞬間、自分じゃない相手でも咲也は身を投じたのだと思うと無性に虚しさに駆られた。 咲也から手を離すと渉はキョトンとする咲也を一瞥し、背を向けて去って行ってしまった。

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