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第162話
咲也はやたらと落ち込む渉を自分の部屋へ招き入れると、冷蔵庫に常備している炭酸水を差し出した。
時間的にあまり人はいなかったといえど、廊下などという場所でキスをしてしまい、照れ隠しからか少し乱暴な口調で咲也が聞く。
「ほら!何があったか言えよ!」
「………」
座り慣れたソファへ座る渉は困り果てた犬のように咲也を見上げた。
「いつもみたいに解決してやるから。早く言えってば」
地味にメンタルの弱い渉はいつも泣き言を咲也へぶつけていた。
咲也は兄の事と潔癖症以外の件に関してはある意味鋼のようにメンタルが強く、よく渉の問題解決を手伝ってやっていた。
「うん……。でも、これはあんまり咲也の手を借りたくないかも…」
麗美もだが、咲也のことも傷付ける可能性があると、渉は口を閉ざした。
そんな様子の恋人に咲也はため息を吐いて、大人しい大型犬のようにソファへ座る渉の隣へ腰掛ける。
「お前さ〜、そんなんだから兄様に認めて貰えないんだよ!兄様だったら…」
「知ってる。ゆう兄だったら、咲也にこんな心配かけずに解決してる」
比較される悲しみに更にメンタルを抉られ、渉は咲也の言葉を遮って答えた。
それを見て、咲也は腕を組み、ふむっと呆れたようにまた一つ息を吐く。
「分かってんじゃん。でも……、そんな兄様よりお前のことの方が好きだから……」
赤く顔を染め、そっぽを向いて告げてくる咲也に渉は目を見張る。
咲也なりの慰めなのかもしれないと思うと、笑みが溢れた。
「……うん。俺も好き」
細い腰へ腕を巻きつけ、抱きつくと渉は薄い胸元で深呼吸した。
咲也の匂いを嗅いだら、心がだんだんと落ち着いてくる。
「……俺は」
躊躇いがちに渉の髪を撫でる咲也は言いにくそうに言葉を続けた。
「……俺は、渉が何に困ってるのか知りたい。言いたくないなら言わなくていいとか、そんなかっこいいこと言えない。お前のことはちゃんと知ってたい」
自分の本音を正直に話す咲也に渉はゆっくり瞳を閉じる。
もし自分が咲也の立場なら恐らく己もそうだと思って小さく頷いた。
「……ごめん。ちゃんと言う」
麗美のことを話しても逃げないで欲しいという想いから、咲也を抱きしめる力が増す。
苦しいのか痛いのか、息を詰める咲也に申し訳なくはあったが、力を弱めることはできそうになかった。
そんな感じで長い沈黙が続いた後、渉は言い辛そうに本題を口にした。
「俺………、麗美との婚約発表が近づいてる……」
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