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第170話
優一はアドバイスという名の我儘一徹な名言を残し、帰っていった。
「お前って、ある意味凄いな……」
優一に別れを惜しまれるも、咲也が心配だからと、その場に残った綾人は咲也が出してくれた炭酸水をピクピク飲んでいる。
それを尻目に咲也が肩肘を付いて聞いてきた。
「兄様といて辛くないのか?」
兄様ラブの人間からは到底信じられない台詞に綾人は視線を上げた。
「………辛いっていうより、しんどいかな〜」
宙を見上げて綾人が呟くように答えると咲也がなるほどと、頷いた。
ほんの少し前なら、こんな事を言うと確実に叱責が飛んできたのになと、綾人は苦笑した。
「……でも幸せだよ」
「それは当たり前だ」
あの兄様の側にいるならと、咲也が大きく頷く。それを見て、綾人は柔らかくに微笑んだ。
「そうだね」
肯定の言葉を下し、静かに佇む綾人に咲也は魅入った。
氷のように冷たく、鋼の精神を持つ兄を陥落した男が綾人ならばと今なら少し納得することができた。
子供のように天真爛漫なのかと思いきや、人の気持ちに敏感で側にいると癒される。
容姿がいいのもあるだろうが、綾人の放つ雰囲気がとても柔らかくて癖になるのだ。
いつもピリピリとする門倉家にて多くの重責を担う兄の立場を思えば、綾人は本当に安らぎの場なのだろう。
門倉家嫡男で男を囲うなど有り得ない所業。
それをやって退けた兄の執着心に感服した。
そのうち飽きて手放すとタカを括っていたが、日を追うごとに兄の本気が周りの目を変えた。
祖父に父、そしてあらゆる業界の強者から持ちかけられた、綾人を守る為に科せられた無理難題の仕事という名の命令に優一は『己の責務』と、自分を律して全てをクリアした。
本当に凄い人だと咲也は尊敬する。
兄のような能力もなければ覚悟もない
兄のように心も身体も強くない
中途半端な自分に咲也は嫌気が差した。
「咲也君は凄いね〜。流石、ゆーいちの弟だね」
自己嫌悪に陥りかけたとき、透き通った声が耳を打つ。
綾人へ視線を向けると、綾人は嬉しそうに笑った。
「渉君の婚約者の件、僕なら直ぐに身を引くか、すぐにゆーいちに頼っちゃうもん。自分で……、それも渉君の代わりに解決してあげようなんて、ゆーいちそっくり!かっこいい」
自分の無力さを恥じるように苦笑いしながら告げる綾人に咲也は拳を握りしめた。
「………そんなことない。結果、俺も兄様頼ったし」
ポツリと弱音を零す咲也に綾人はポンポンっと頭を撫でてやった。
「大丈夫だよ。咲也君はこれから伸びしろがあるじゃん」
「伸びしろ?」
「そう!そして、僕にもある!!」
ガッツポーズしながら前向き発言をする綾人に咲也は吹き出して笑い声を上げた。
「そっか!伸びしろか!!」
そうだ!そうだ!とはしゃぐ綾人に咲也は自分の不甲斐なさと前向きになれた。
今からもっと努力をしよう
自分の大切なものを守るために
心にそう誓うと、咲也は蜂蜜色の天使の髪をわしゃわしゃと掻き撫でた。
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