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第179話

トントントンっと、緊張に胸を弾ませながら渉は咲也の部屋の扉をノックする。 しかし、待てど暮らせど返事がなくて、今度はドンドンドンっと、扉を叩いた。 「……はい」 迷惑そうな顔で扉を開いた咲也に渉はドキッと心臓を跳ねさせた。 「………なんだ、渉か」 眼鏡をかけていなくて、目を細め訝しむように確認する咲也は扉を大きく開く。 それは部屋へ入って良い合図で渉の心が更に高鳴った。 「何かよう?」 風呂上がりだった咲也は白いパジャマ姿で濡れた髪をタオルで拭きながら聞いた。 「今日、出かけたからお土産と思って」 帽子とプリンの入った袋を掲げると、咲也はいつもの眼鏡をかけてそれを見た。 「あぁ。麗美との約束、今日だったな」 別段気にすることもせず、麗美の名前を咲也は発する。しかし、その名に渉の心臓がドクンッと大きく乱れた。 「……それ何?」 咲也は差し出された袋を二つ、手に取ると、ソファへ移って腰掛けた。 渉も流れるようにいつも通り、咲也の隣へ腰掛ける。 「帽子?」 まず最初に帽子の袋を開けた咲也は意外なものに首を傾げた。 「つーか、派手な色だな」 まじまじ見て、笑った咲也はその帽子を渉の頭へポスっと被せた。 「俺より渉の方が似合うじゃん」 お前が使えと、笑う咲也に渉はギューッと胸が痛くなった。 「もう一つは何?」 ガサガサと続いて袋を開くと、プリンを2つ見つけた咲也はまた笑顔になった。 「やったー!プリンだ!」 嬉しそうに笑う咲也は立ち上がってスプーンを取りに行く。 そんな姿も片時も離せないと、渉は目で追いかけた。 「渉も食べるだろ?」 はい。と、スプーンを手渡され、渉は帽子を取ってプリンとスプーンを手に持った。 「ちょうど、映画見てたんだ。これ!覚えてるか?」 テレビを付け、昔、一緒に観たサスペンス映画を流す咲也に渉は頷いた。 「何回見ても面白いよな!」 サスペンスは咲也が好きな映画だ。 自分は…… 「アクション映画の方が好き」 ポツリと呟く渉へ咲也はキョトンとしながらそうだな。と、頷いて、テレビへ視線を戻す。 ただ絵が変わる箱を眺めるように咲也の隣で渉は映画を見た。 プリンを食べたり、飲み物を飲んだり、身動きする咲也のちょっとした動作にばかり気を取られ、内容なんて入ってこなかった。 「ふ、ふふ……。アハハ、こいつのこのブラックジョークまじでツボ!!」 楽しそうに映画を見て笑う咲也に渉は完全に視界を奪われた。 触れたくて伸びそうになった手に自分より先に咲也が気付く。 「ん?あぁ〜、水?出すの忘れてた。ごめん」 たまたま手に持っていた炭酸水のペットボトルが目当てと勘違いした咲也は立ち上がって冷蔵庫から新しい炭酸水の入ったペットボトルを手渡してくれた。 指に触れそうになる瞬間、心臓がドキドキ高鳴る。 逃げるように咲也の指がペットボトルから離れ、触れられなかった白い指を恋しいと自分の指先が熱くなった。 「………ごめん。帰える」 水を受けとり、炭酸水をそのままテーブルの上へ置くと渉は立ち上がった。 「ん。おやすみー」 淡白な反応で返事をする咲也に渉は視線を落として、歩を進めた。 幼馴染みの咲也 幼馴染みの反応 そう……、咲也は俺が望んだ『幼馴染み』に戻っていた。 この男にもう触れることが出来ないのかと絶望を味わう もう望めないと思うと、目頭が熱くなる。 我ながら本当に勝手過ぎると、渉は奥歯を噛み締め、扉を閉し、涙を流して来た道の長い廊下を歩いて帰った。

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