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第199話
優一に連れられて咲也は兄所有のマンションへと来ていた。
明日は土日で学校が休みなこともあり、夜更かししていたが、優一は大学のレポートや実家の雑務でずっとデスクに齧り付き、永遠パソコンを叩いている。
そんな兄の後ろ姿をソファで体育座りをしながら咲也は一時間近く眺めていた。
多忙な兄の姿を見るのは初めてではない。
むしろ、多忙な姿しかみてこなかった。
「……兄様、ごめんなさい」
兄へ聞こえないほど小さな声で呟く咲也は不安で押し潰されそうな想いに涙が滲む。
今日の渉の告白に胸が躍った。
まだ期待する自分が怖くて仕方ない。
明後日の日曜日、九流家三男、渉の婚約発表に沈む気持ちが抑えられなかった。
兄と一緒に祝いの言葉を掛けなければいけないのが嫌で仕方ない。
「………渉」
膝と膝の間に顔を埋め、小さな声で名前を呼んだとき、突如、頭に毛布が落ちてきて、咲也は驚いて顔を上げた。
「好きなら好きって言えばいいだろ?つーか、まだ起きてたのか?」
涙に濡れる顔を見て、優一は苦笑しながら言った。
いつの間にか兄が自分の側へ来ていたことに気付かなかった咲也は眼鏡をとって、手の甲で乱暴に目元を擦った。
「ここでメソメソなくんじゃなくて、渉の前で泣けよ。今日のあいつみたいに」
ドサっと咲也の隣へ腰掛けて茶化したように言ってのける兄に咲也は肩をすくめた。
「……あんなみっともない真似、できません」
「そりゃそーだ。でも……」
一度、言葉を切って優一は優しく笑った。
「好きな奴にはみっともない姿見せとかないとしんどくなるぞ」
兄の柔らかな笑顔に咲也は珍しいものが見れたと高揚する。
優しい紅茶色の瞳が綺麗で吸い込まれそうになった。
「兄様も……、白木に見せてるんですか?」
「まさか!……っていうのは嘘で、綾ちゃんには馬鹿みたいに見られてるな〜」
一瞬強がった後、優一は苦笑いしながら本音を呟いた。
「兄様のみっともない姿、俺も見たいです」
「それは無理」
「どうしてですか?」
「弟の前でみっともないことできないだろ?俺は兄貴だぞ?」
むぎゅっと咲也の鼻を摘んで笑う優一に咲也は胸がときめいた。
「お前、誰が好きなの?俺か?二宮か?」
ん?っと首を傾げて答えを知る確信犯の兄に咲也は敵わないなと素直に答えた。
「渉です」
言ってすぐ、目頭が熱くなり、咲也は優一から顔を晒すように俯いた。
「兄様……、俺、どうしたらいいんでしょうか?」
「そ〜だな〜……」
涙声で聞いてくる弟に優一は飄々とした声で答えてやる。
「兄様が今日、渉にきつ〜く言いつけておいたから、大丈夫だ。あとはあいつが踏ん張るさ」
「踏ん張らなかったら?」
「そんときゃ、半殺しだな」
あははと楽しげに笑う兄に咲也は他人事だなと肩を落とした。
そんな咲也の頭を優一はポンポン叩いてアドバイスしてやる。
「お前はさ素直でいればいいんだよ。誰かを想うなら、自分の想いも貫け」
一番難しいアドバイスに咲也は頷くことが出来なかった。
「咲也、手遅れになる前に素直になれよ。……さってと、仕事しよ!お前はもう寝ろ」
最後に一言残すと、優一は立ち上がって肩をバキバキ鳴らしながらデスクへと戻っていった。
そんな兄の背中を見つめて、咲也はまとまらない想いに小さく息を吐いた。
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