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第43話

「咲也?」 学校から帰ってきた渉が明らかに意気消沈している咲也になんとなく予想は付いたが、優しい声で聞いた。 「なに?どうかした?」 「……」 答えない咲也に渉が顔を覗き込むように背を丸めると、眼鏡の奥の紅茶色の瞳が涙目になっていて小さな声が呟かれた。 「兄様、どうしたら白木と別れる?」 「……」 答えない渉に咲也が声を震わせてぼたぼた涙を流し始め、弱音を吐き始めた。 「このまま本当にあいつのモノになったらどうしよう……」 また優一と綾人のラブラブさにでも当てられたかと、内心溜息を吐いた。 「……まぁ、ゆう兄が高校卒業するまでは温かく見守って」 「結婚するって!」 「え?」 「兄様、あいつと結婚するって言った!門倉家を捨てるつもりなんだ!!」 渉の胸元へ縋るように掴みかかってはわぁーっと、声を上げて泣く咲也に耳を疑った。 あの優一が門倉家を放棄するなど信じ難いからだ。 いつも自由奔放でやりたいことをする人間ではあったが、とてつもない責任感も備え持つ男でもあるからだ。 「ゆう兄が言ったのか?」 震える肩へ手を置いて聞くと、咲也が小さく頷いた。 「……俺に門倉家を頼むって」 か細く消え入りそうな声が返ってきて、渉は優一の本気を痛感した。 綾人へ対して本気なことは分かっていたつもりだが、ここまでとは正直考えが及ばなかった。 「咲也、とりあえず落ち着けよ」 「兄様……、兄様がいないなんて嫌だ…。何でもする。兄様が戻って来るなら俺……」 紅茶色の瞳から泉のように湧き上がる涙を前に渉の胸が締め付けられた。 スッと、渉の胸元から咲也が離れるとおもむろに携帯電話を取り出し、どこかへ掛けようとする咲也へ聞いた。 「誰に電話するんだ?」 「……千堂」 ポツリと答えられたその名に渉の顔色が変わった。 「何考えてるんだ!!?」 声を荒げて咲也の手から携帯電話を奪いとった。咲也はその携帯を取り戻そうと掴みかかっては叫び声を上げた。 「千堂なら兄様を引き止めることが出来る!あいつに頼めば何でも……」 「あんな下衆野郎と関わるな!!」 咲也の声をかき消すように怒鳴りつけると、咲也は一瞬怯えた目をしてから睨みつけてきた。 「下衆野郎でも何でも使えるもんは使ってやる!兄様を取り戻せるなら何だってする!」 「あいつの狙いは金や名声じゃないぞ?お前自身だって知ってるのか?」 「知ってる!」 強気な瞳と声色が返ってくることに渉の苛立ちがピークに達した。 千堂 薫(せんどう かおる)。 業界の裏の人間で汚い仕事ばかり担う凄腕の男の表の顔は弁護士なのだが、裏では麻薬販売に横領の手伝い。はたまた殺人にも加担しているという。汚れきった人間だった。 千堂は金では動かない特殊な男で、依頼人の一番嫌がる事を要望してくるサドスティックな男だった。 門倉家の仕事にて、優一がこの男と関わるのを何度か見ていたのだが、仕事を依頼する度に要求してくるものがえげつなくて優一も辟易していたのを思い出す。 そして、目を付けられたのは「咲也」だった。 見目麗しい気品溢れては、強く美しい中にも儚げな姿の咲也は当時、強烈な潔癖症だった。 その病状を逆手にとって、咲也の精神を破壊するほど汚したいと目を輝かせていた。 当時は優一が断固拒否して守り抜いたが、千堂の気持ちは年を重ねても変わることがないらしく、それどころか門倉家が依頼をしに行く度に咲也を要求するようになった。 このしなやかで美しい体を堪能し、ガラスのような精神を粉砕したいと豪語した。 全くもってキチガイな男の発言に優一のみならず、門倉家はこの男から手を引くことにした。 そんな出来事から三年。 まさかの咲也が千堂へ依頼を持ち掛けようというのだ。

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